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このHPでは、自分のことはあまり話していませんが、ここで自分の体験を語りたいと思います。
父が亡くなったのは1991年のことです。あれから7年もたった1998年に、私は初めて父を恋しく思い、父の死について涙を流すようになりました。 サンフランシスコ郊外にある某ホスピスへボランティアとして面接に行った私は、数ヶ月前に亡くなった友人について話すうちに、泣き出してしまったのです。それは、友人の死が引き金になって父の死に対する悲しみが表面化したようでした。 ホスピスのボランティアとして働くと、死に向かいあっている人々に接するわけです。その時に私自身、しっかりとした死生感をもち、涙を流す人々を支えることができなければ、ボランティアとしてはあまり役に立ちません。遺族のサポートグループに加わって私自身の悲しみを癒してから、ボランティアとして働いてほしいと言われました。 私自身ヒプノセラピストとして、いろいろなクライアントと接するため、常に自分を癒す必要があります。人が癒されるのを助けるためには、セラピスト自身が癒されていなければなりません。クライアントが泣いているのを見て、セラピストが感情的になってはいけないと、常に恩師からも言われてきました。セラピストはクライアントの悲しみを感じ、受けとめることができなければなりません。クライアントをサポートするためには、自分自身の傷を癒していこうと決心しました。 遺族サポートグループ
私が参加した、ホスピス主催の親を亡くした遺族のサポートグループは、毎週木曜日の夜7時から9時まで、8週間連続でホスピスに集まります。リーダーは、カリフォルニア州のライセンスを持った結婚・家族・子供カウンセラー。参加費無料。寄付自由。
集まった11人のメンバーは、全員が片親か両親を亡くしており、たいていが最近死別しています。全員女性であることが興味深いところですが、普通は男性も少数ながら参加するそうです。リーダーも女性。秘密厳守ルールに従い、メンバーの名前は出せません。
1.第一回は自己紹介と、このグループの趣旨、ルールの説明。 また、一人一人の親の死に至った経過、亡くなった前後の体験、悲しみ、苦しみを自由に話す。メンバーが多いため、半数しか話す時間がなかったので、残りのメンバーは来週に話すことになる。親を亡くしてまだ日が浅い人もいる。兄弟を二人も自殺で亡くした人もいる。それぞれが話し始めるにしたがい、涙を流す。泣くことを許されている、と言うよりどのような感情表現も奨励されているので、みな安心して泣けるようだ。
2.第二回は、残りのメンバーの体験を聞き、またお互いの交流のために連絡網を作成。今回は二度目のため、前回よりもうちとけ、笑ったり泣いたり。親が入院したときや、自宅看護の苦労、兄弟が手伝ってくれない、兄弟との意見の食い違いや衝突、受けた医療に対する不満や後悔など、いろいろなエピソードが出た。
3.第三回は私用により欠席。
4.第四回は、初めの一時間はこの一週間に起こったこと、自分の感情の動きを報告。 人の親のことながら、子供のときから老いて亡くなる寸前までの写真を拝見しながら、思い出話を聞くと、ついこちらも泣けてくる。ユーモラスな思い出もたくさん聞いたが、だんだん体が不自由になってきたころの思い出は、私の父の思い出とダブり、聞いていて辛かった。
5.第五回も初めの一時間はこの一週間に起こったこと。今回は特に遺産にまつわるいろいろな感情についての発言が多く出た。遺産を受け取ったことに対する罪悪感や、義理の母親に父の遺産を全部とられたことに対する怒りや悲しみなど。それから親がガンで亡くなった人達は、自分も同じ病気にかかることに対する恐れを感じていることを話した。多くのメンバーがペットになぐさめを見出しているようだ。さみしいときにはペットは特に大切な存在になるのかもしれない。
残りの一時間は、先週のように、父親を亡くしたKさんと、母親を亡くしたMさんがそれぞれの写真を見せながら思い出を語った。Mさんはまだ20才なのに去年父親を亡くし、今年また母親を亡くし、かなりつらい思いをしてきたようだ。Kさんは父親を本当に慕っていたので、いまだに悲しみから立ち直っていない。ハンサムな父親は、Kさんの誇りだった。
肉親の死後は多くの遺族が憂鬱感や無気力感、脱力感におそわれ、普段の生活を維持していくだけでもたいへんのようだ。気力をふりしぼって会社に出ていくという話を聞いた。何をしても楽しくないとか、何も希望がないという話も出た。カウンセリングに通い、坑うつ剤を飲んでいる人もいる。また、親が死んでから自分が急に老けたという話も出た。私もそうかもしれない。
6. 六回目から七回目までは、残りのメンバーが一人ずつ、亡くなった家族の写真を見せながら思い出を語った。他の人の話を聞きながら、私も泣いた。自分の番のときには、前の日に一生懸命選んだ父の写真を見せながら、話した。父の若い頃の話、父の仕事のこと、どのように私を可愛がってくれたか、父の好きだった点、嫌いだった点など。今までは、死んだ人の話など、したくない気持ちがあったが、ここでは奨励されている、聞いてくれることがわかっているので、たくさん話せた。父について感じていたことを話すことができて、胸がスッキリした。
7.最後の回は、今までの感想や、これからどうしていくかなどを話し合った。それから一人一人が、亡くなった家族の写真を持ってきて、テープルの上に置き、キャンドルを灯しながら、自由に、写真に話しかけた。このキャンドル・サービスのときには、みんな思いきり泣いた。 私も、このサービスのときに、胸に溜まっていた父への思いを父に向かって話した。父を恋しく思っていること。父がいなくても、家族が無事で仲良くやっていることなどを報告した。この後、もう父のことで悲しまなくてもいいという気がして、胸が軽くなったようだ。
サポートグループのおかげで、本当の意味で、自分の父の死を乗り越えることができたように思います。厳格に育てられたことで恨んでいた気持ちを乗り越え、父の欠点を許すことができるようになりました。父との楽しい思い出、父のすばらしい点をこれからも心に抱きしめて、生きていきたいと思います。
私は現在、このホスピスで末期患者のサポートをしています。
ご家族を亡くした方、愛する人を亡くした方からのメールをお待ちします。
末期医療についての書籍 。
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