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Washington Political Report
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* 毎週金曜発行する本リポートは、激動するアメリカの政治・政策の背景を論じ、今後の行方とそのインパクトを探ります。
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WPR 2229 (July 19 - 25, 2008)

1.外交大統領としてのオバマの資質

2.住宅市場救済法案の功罪

3.潰れるガソリン価格引下げ法案
 

2.住宅市場救済法案の功罪

【本文】
 下院本会議が23日(水)272対152票で可決し、上院本会議も今週末ないし来週初めには可決する見込みの住宅市場回復支援法案(S.3221)は、(1)サブプライム・ローンにより家を購入した人々が30年ものの通常の住宅ローンに改約できるようにするために連邦住宅行政局(Federal Housing Administration)が最大限3000億ドルのローン保証をすること、(2)サブプライム・ローン問題で金融機関が没収した家々を地元政府が買い上げて再販できるように総額39億ドルの連邦一括補助金を与えること、(3)地元政府が住民のサブプライム・ローンの通常ローンへの改約を支援するために総額110億ドルの無税の地方債を発行することを認めること、(4)初めての住宅購入者に7500ドルの税の払い戻しというインセンテイブを与えること、(5)ファニー・メイ、フレデイー・マックを下支えするために財務省に資金融資と株の買い上げの権限を与えること(金額の制限なし)、(6)ファニー・メイとフレデイ・マックの経営監視強化のために特別の監視官を新設すること、などを柱としています。

 今年の春から、サブプライム・ローンに打ちひしがれた人々を救済し住宅市場の早期回復をはかるために議会が繰り返し検討してきた法案に、ファニー・メイ、フレデイマックの2大金融機関の緊急支援策を加えたもので、そういう意味では待望の住宅・経済支援対策法案ということができます。ブッシュ大統領は、特に(2)の、地方政府に39億ドルの一括補助金を与えて没収家屋の流動化を支援する案に反対して、これまではこの法案に拒否権を行使するとの警告を発していました。しかし、ファニー・メイ、フレデイ・マックの危機が発生して、これを支援することが絶対に必要とのポールソン財務長官の説得に折れて、結局拒否権行使の脅しを取り下げざるを得なくなりました。上院が可決すれば、ブッシュ大統領はこれに署名をおこなう予定です。

 今年前半に実施した納税者1人あたり600ドルの税の払い戻しという経済刺激策に次ぐ2つ目の経済刺激策であり、特に今度の法案は、現在の経済・金融問題のそもそもの原因となったサブプライム・ローンの問題、住宅市場の不況の問題に直接応える施策を盛ったものであるので、議会民主党はこれを、議会の達成した大きな法案と自負します。議会だけでなく、財務省や連銀もサブプライム・ローン問題を解消するためには何らかの施策が必要との立場を取ったので、従ってブッシュ政権も上記のような一部の条項を除いては支持に傾くに至りました。これによって、40万人の人々が家を失わずに済むと見込まれ、また住宅市場回復に貢献し、また金融界が自信を取り戻すに資することが期待されています。

 しかしながら、果たしてこの法案に盛られた施策が本当に住宅市場回復を促進することができるのか、ファニー・メイとフレデイ・マックをこういう形で無条件で支援して巨大金融機関のまま温存することがよいことなのかどうかには大きな疑問が残っています。家欲しさにかられてサブプライム・ローンに飛びついた消費者の方が悪いのか、それともそういう消費者を騙すような形でサブプライム・ローンを売りつけた金融機関の方が悪いのかの議論は別にして、もともと誤った住宅ローンの売買にかかわった人々を政府が救済するのはおかしいではないか。最悪の場合、連邦政府の財政負担は数千億ドルになる可能性があり、それでなくとも赤字が拡大する一方の連邦財政を更に悪化させるばかりではないか。住宅市場の早期回復を目指すこれらの施策は、実は住宅市場の健全な回復を遅延させるだけのものではないのか。ファニー・メイとフレデイ・マックはこれでますます手のつけられない巨大金融機関になるのではないか。――― 緊急事態に直面して通さざるを得なくなった法案とは言いながら、これが果たして本当に良い法案であるのかどうかは、誰にも断言できません。

 ファニー・メイ、フレデイ・マックの強欲悪行を一貫して批判してきたのはウオールストリートジャーナルの社説ですが、社説欄の編集長であるポール・ジゴー(Paul A. Gigot)は23日(水)の “OPINION”欄に “The Fannnie Mae Gang” と題する長文の寄稿(残念ながらウェブサイトは有料購読者しか見れない)を載せ、自分自身の経験を加えながら、この巨大金融機関のギャングまがいの脅しの行動を厳しく告発しています。そういうこともあって、上院では共和党のジム・デミント議員(Jim DeMint. サウスカロライナ選出)が、ファニー・メイとフレデイ・マックのロビイングと政治献金を禁止する修正条項を加えることを主張していますが、民主党のリード院内総務はそれを取り上げないで押し切る見込みです。今度の法律で、この巨大金融機関は結局そのまま生き残ることになるでしょう。
 
 
 

WPR 2228 (July 12 - 18, 2008)

1.ファニー・メイ、フレデイ・マック救済:第2金融危機の回避

2.オバマ候補の欧州、中東訪問

3.ブッシュ大統領臨時記者会見
 

1. ファニー・メイ、フレデイ・マック救済:第2金融危機の回避

【本文】
 先週末から今週初めにかけての財務省、連銀などの慌しい動きは、4ヶ月前のベア・スターンズの資金逼迫に発したウオールストリートの金融危機への対応に近い、いわば第2金融危機を回避するための財務当局の必死の努力でした。ファニー・メイとフレデイ・マックの資金繰りが難しくなった場合に財務省が国庫の金を使って直接支えることを約束し、それが立法化されるまで連銀が両社に一時的に直接融資(discount window)の道を開き、他方、証券取引委員会はファニー・メイ、フレデイ・マック、それに17社のプライマリー・デイーラーをターゲットにしたショート・セリング(株の空売り)を30日間禁じるという3つの緊急施策によって、ファニー・メイとフレデイ・マックから資金が逃げるのを防ごうとしています。7月7日から11日までの1週間にファニー・メイとフレデイ・マックの株価が40%以上も暴落し、1年前のピーク時に65ドルを超えていた両社の株価が11日までに7.93ドル(ファニー・メイ)と7.11ドル(フレデイ・マック)に下落したことに警告を受けての対応でした。

 ファニー・メイ(Fannie Mae. Federal National Mortgage Associationの愛称が通常の呼称となったもの)とフレデイ・マック(Freddie Mac. Federal Home Mortgage Corporation)というワシントンDC界隈とウオールストリートを除いては聴き慣れない金融機関は、実は米国の12兆ドルの住宅ローン市場を背後で支える怪物的な巨大金融組織で、戦前からこれまでの米国の持ち家制度促進を支える重要な存在でした。ファニー・メイは大恐慌後の1938年ロウズベルト政権時代に完全な政府金融機関として創設され、1968年までは公社のままでした。赤字が続き連邦財政を蝕むため1968年に民営化され、現在株式は100%ニューヨーク証券取引所で売買される資本面では完全な民間企業です。しかし、もともとは政府機関で議会が法律によって創設を認めた金融機関であるために、政府が今でも保証をしているという「誤解」が定着し、それが同社の絶対的な信用を支えてきました。仕事は、住宅購入者にローンを提供する小さい金融機関からローンを買い上げ、それを別の金融機関に保証つきで売るか、証券化して不動産担保の証券(mortgage-backed securities)として売るという二次ローン市場のメイジャー・プレイヤーです。これによりローン貸付金融機関も、ファニー・メイも長期にわたって住宅ローンの負債を背負う必要がなくなり、住宅ローン市場の資金流動性が高まり、それが米国の持ち家制度促進を支えてきました。フレデイ・マックが独占金融機関となることを避けるため1970年に全く同じ役割を果たすフレデイ・マックが議会の立法化で創設され、この2社が保有ないし保証する住宅ローンの総額は今では5兆ドルという巨額なものとなっています。米国連邦政府の本年度の予算が3兆ドル、累積赤字総額が9.5兆ドルですから、5兆ドルという金が如何に大きな金額であるかがわかると思います。この両社が倒れたら米国の住宅ローン市場がつぶれのは勿論のこと、世界の金融市場が危機に陥ることは目に見えています。両社の不動産担保証券の2割(1.5兆ドル相当)は海外の投資家に売られています。先週末ポールソン財務長官初め金融当局者を動かしたのはそういう危機感でした。

 住宅ローンの二次市場のメイジャー・プレイヤーであるファニー・メイとフレデイ・マックは昨年から顕在化したサブプライム・ローン問題と住宅市場の不況に大きな影響を受け、今年だけでも110億ドルの損失を計上しています。しかしこの2?3週間に起こったのは、4ヶ月前のベア・スターンと同じく、両社の資金繰りを心配した投資家の大量の株の売却による株価の暴落です。ファニー・メイもフレデイ・マックもローン買い上げのための巨額の資金調達を常に必要としていますが、住宅問題のためにこの1年の融資の金利は上昇しており、資金調達が難しくなってきているのは事実です。思惑ではあっても、投資家が両社から逃避を始めたのは理解できることです。

 7月7日の週、連日両社の株価が下落を続けたところへ、金曜(11日)のニューヨークタイムズが一面トップに「米国、住宅ローン2大会社の買収計画に傾く("U.S. Weighs Takeover Plan For Two Mortgage Giants”)」との大きな(偽りの)記事を載せたために、両社の株価は一気に40%も暴落、ポールソン財務長官が「両社の国有化の予定は全くない」との声明を出しても全く歯止めがかかりませんでした。両社が倒れることを回避し、世界の金融市場を混迷に陥れないためには先週末に緊急施策を打ち出す必要がありました。日曜夕方ポールソン長官の打ち出したのがそれでした。

 ファニー・メイとフレデイ・マックの資金繰りが難しくなった場合に、財務省が、現在法的に認められている22.5億ドルを越える、無制限の融資・投資をすることを18ヶ月間認めよ、というポールソン長官の提案は立法化が必要で、議会は既にそれに向けて動いています。立法化されるまでの間、連銀が直接融資の道(discount window)を開くというのは、4ヶ月前に20のプライマリー・デイーラーに対して行った緊急措置と同じです。証券取引委員会がファニー・メイとフレデイ・マック、それにプライマリー・デイーラーを対象にしたショート・セリング、特に株を借りないでおこなうネイキッド・ショート・セリング(naked short selling)を少なくとも30日間禁止するのは来週(21日)から実施される見込みです。いずれもファニー・メイとフレデイ・マックの信用がなくなって株価が暴落することを阻止するための緊急施策で、これが成功すればとりあえずの金融危機は回避できるでしょう。

 しかし長期的に、ファニー・メイとフレデイ・マックという膨張しすぎた巨大金融組織をこのままの状態で生き残らせることには関係者から多くの疑問が出されています。政府が両社を一旦買い上げて(receivership ないしconservatorship)、細分化して民間に売却するなり清算すべきであるという意見が相当あり、少なくとも監視組織を強化すべきであるという意見はコンセンサスとなりつつあります。それというのも、この2社の巨大金融組織は近年、政治家や政府高官の高給天下り先(特に民主党系)として利用されることが多くなり、また4年前には65億ドルもの粉飾決算で経営者数人が起訴される事件を起こすなど、住宅市場が悪化する前から大きな問題を起こすようになっていたからです。しかしそういう組織であるが故に、議会がこれを守ろうとする傾向も強く(その中心は上院銀行委員長のクリス・ダッド議員〔民主党、コネチカット選出〕、ニューヨークのチャールス・シューマー上院議員〔民主党〕、下院金融サービス委員長のバーニー・フランク議員〔民主党、マサチューセッツ選出〕など)、一般アメリカ国民が実情をほとんど全く知らないこともあって、ドラステイックな改革を進めるのはなかなか難しい状態にあります。両社に問題がないと主張してきたのは常に議会でした。そればかりでなく、この両社が売り出す不動産担保証券のデイーラーであるゴールドマン・サックスなどのウオールストリートの投資銀行がその利権を守るために議会ロビイングで大きな役割を果たしています。そもそもポールソン財務長官がゴールドマン・サックスの元会長としてこの両社の仕事に明るくなかったなら、今度のように迅速に救済策を打ち出していたかどうかもわかりません。ポールソン長官は両社を救済するためには適任ですが、両社を清算するようなことはまず考えないはずです。

 なお上記2社の株価が暴落した11日(金)にカリフォルニア州パサデイナを本拠とする住宅ローン貸付銀行の大手インデイマック銀行(IndyMac Bank)が破産し、連邦預金保険公社(FDIC)の保護の下に置かれました。この破綻も、銀行の資金繰りを心配した預金者が僅か11日間で13億ドルもの預金を引き出したことが直接の原因となりました。しかし、そのパニック状態を引き起こす直接のきっかけとなったのは、上記チャールス・シューマー上院議員が監督当局のOTS(Office of Thrift Supervision)に当てた同行の財務状況を疑う12日前の公開質問状だったと言われます。上院で金融問題に関して大きな発言権を持つシューマー議員が、銀行をつぶすことになるような不用意な公開質問状を出したことには大きな批判が起こっています。
 
 

WPR 2227 (July 5 - 11, 2008)

1.オバマの直面する2つの課題

2.マッケイン候補を取り巻く基本的問題は変わらず

3.外国スパイ監視法(FISA)改正強化法案の成立
 

3.外国スパイ監視法(FISA)改正強化法案の成立

【本文】
 今年の議会の数少ない立法化の成功例として、外国スパイ監視法(Foreign Intelligence Surveilance Act=FISA)の改正強化法案が9日(水)成立しました。1978年にできたFISAが9/11テロの経験で不充分なことがわかり、その直後5年間の時限立法で愛国法(Patriot Act)というものを通し、それによりアルカイダを初めとするイスラム過激派テロリストの活動の監視がおこなわれてきました。FISAでは外国スパイ容疑者やテロリスト容疑者の電話盗聴をするためにはいちいち連邦裁判所の許可を受ける必要があったのが、愛国法のもとではその許可なくFBIが国際電話盗聴をできるようになり、それがテロの再発を防げたひとつの理由ともなりました。

 愛国法の期限が昨年9月30日切れた後、議会は6ヶ月間の延長を行いましたが、恒久化改正案の作成でホワイトハウスと議会民主党との交渉が不調に終わり、その後これまでの数ヶ月は78年のFISAの状態に戻っていました。

 ホワイトハウスと議会民主党の意見対立の焦点は、(1)スパイ/テロリスト監視の強化に伴う米国市民のプライバシーの保護と、(2)愛国法の下で国際電話盗聴に協力した米国大手電話会社を訴追弁護士によるプライバシー侵害訴訟から保護することの2点にありました。(1)は、愛国者法の下で行われた電話盗聴の中にテロリズムやスパイ活動に無関係の米国市民の盗聴が多数含まれていたことが明らかになったために、民主党が米国市民のプライバシーの保護を強く主張したものですが、これは議会民主党のブッシュ政権に対する嫌がらせ的な面もあり、最終的には米国市民のプライバシーの保護を万全にしながらも外国人スパイ/テロリストの監視は愛国者法と同じように連邦裁判所の許可なくできるという線で落ち着きました。(2)は、愛国法下で電話会社に対する訴追弁護士の巨額の和解金を狙った不当な訴訟が40以上も起こされたことから、盗聴活動を続けるためには電話会社の訴訟からの保護が絶対に必要とブッシュ政権が主張し続けたもので、最終的にはこのブッシュ政権の主張が通って電話会社は2001年9月11日に遡って訴訟から保護されることが決まりました。訴追弁護士集団のロビイングを受けていた議会民主党も最終的にはブッシュ政権の正当な主張に折れたということです。今度の改正強化は恒久的なものです。

 9日の上院の採決は69対28票で、この中で、民主党大統領候補のオバマが賛成票を投じたことが注目を集めました。民主党院内総務のハリー・リード、幹事長のリチャード・ダービンなどの指導部、クリントン議員などが反対票を投じたのに対して、オバマは予告通り賛成票を投じました。上に述べたオバマが中道に軌道修正をしたイシューのひとつでした。下院の方は6月20日に293対129票で可決しています。ブッシュ大統領は間もなくこれに署名します。

 米国報道機関はこれを、しぶとく頑張ったブッシュ大統領の政治的勝利と評しました。確かにその通りではありますが、これによってブッシュ大統領の支持率が1%でも上がる気配はありません。
 
 
 

Vol. 22, No. 26 (June28 - July 3, 2008)

1.オバマ勝利予想の根拠

2.ブッシュ大統領最後のG?8サミット出席
 

2.ブッシュ大統領最後のGー8サミット出席

【本文】
 ブッシュ大統領にとっての最後のGー8サミットは、同時に、前世紀の形のままのG?8サミットの最後の開催となるべきかと思われます。1年がかりで日本が中心になって取り組んできた地球環境保護の問題そのものが、中国やインドを加えない限り解決できないものであり、それをGー8の枠組みで取り組もうとすること自体に根本的な矛盾が生じています。Gー8サミットの今後のあり方は、(1)Gー8に中国、インド、ブラジル、オーストラリアなどを加えてGー12のような組織の拡大路線を取り、30年前のG?7の先進国首脳のインフォーマルな経済サミットという元々の理想を放棄して、世界の大国の首脳の国際会議的な性格に変えてゆくか、それとも(2)30年前の理想に立ち戻って拡大路線を拒否し、先進国首脳がインフォーマルに特にグローバルな経済問題に関してひざを割って話し合う原点に帰るか、のいずれかの選択をせざるを得なくなるでしょう。それでなければ、Gー8はますますその意味と存在感を失ってゆくものと思われます。

 サミット出席を前にしたホワイトハウス高官のブリーフィング、ブッシュ大統領自身の記者団とのインタビューなどが、Gー8サミットがかつての光沢を失ったことをそのまま示しています。ブッシュ大統領が年一回先進国首脳およびその他の招かれた各国首脳と歓談できる場としてGー8を前向きに評価しているのはよいとして、しかし、今度のGー8出席では自分の8年間の大統領としての業績・遺産を残すことに一番の関心があり、そのために特に、これまでブッシュ大統領が中心に推進してきたアフリカのエイズ問題、マラリア問題などへの取り組みに対して先進各国に「約束を守らせる」ことにことさら拘泥し、各国が約束どおりの資金を拠出するように繰り返し繰り返し要請していることなどには、やや理解しがたい違和感を感じます。他方においては、世界的なエネルギー問題、特に原油価格の高騰、世界的な食糧危機・インフレ問題、米国のサブプライム・ローン問題に発した世界的な経済停滞、金融逼迫の問題、食糧インフレや原油価格高騰を引き起こす一因となっているドルの末期的下落問題など、米国と他の先進諸国が直面し取り組むべき甚大な問題が多々あるにもかかわらず、そういう問題にGー8サミットこそが正面から取り組まなければならないという危機感がブッシュ大統領の口からは全く出てこないのはどうしたことかと思います。イラクやアフガニスタンやテロリズムや北朝鮮やイランなどの安全保障問題に関しても、自分が取ってきたダブル・スタンダードな政策を防衛・弁明する言葉ばかりが先に立ち、もはや正直な議論を許そうとしなくなっているという態度も全く感心しませんでした。

 ブッシュ時代になってからのGー8サミットは、9/11テロとイラク占領があったためにテロリズム戦争とイラク再建問題だけにテイクオーバーされて、ブッシュ大統領がGー8サミットの議論を独占するような数年が続きました。勿論そういう時代には、「21世紀のGー8サミット」のあり方が議論されるような機会は出てきません。テロリズム戦争とイラク再建問題が少し後ろに引くと、新しい世紀におけるGー8サミットのあり方や役割の議論を放置してきたという問題が歴然としてきます。本来ならG?8の最古参となったブッシュ大統領からそういう議論が出てくるべきところですが、それが全く出てこないのは彼の限界でしょう。やはり来年新しい大統領が誕生しないとそういう発想も出てこないかも知れません。

 日本政府が地球環境保護への長期的な取り組みの枠組みを作ろうとしてそのために努力してきたのは買えますが、準備を始めた1年前と現在では世界の経済環境、エネルギー問題、食糧危機問題などが全くといってよいほど大きく変わりました。長期的には地球環境保護問題はこれまでと変わらず極めて重要な問題ではありこの取り組みは続けるべきですが、その前に取り組まなければならない緊急性を帯びた世界的経済問題が出てきたのですから、アジェンダも当然変わってきて然るべきです。地球環境保護という長期的な地球規模の問題に取り組み続けながらも、緊急性の高い世界的な経済・エネルギー問題にも充分な時間を振り分けらる裁量は、議長役を務める日本の福田首相にあります。福田首相がそういう柔軟性を示してGー8サミットに少しでも意味を増すことができるように期待したいものです。

 それでもGー8サミットが基本的に時代の要請にそぐわなくなっていることは否定しがたく、今世紀のサミットのあり方を問うべき時が来ていることには変わりありません。 

 
 

WPR 2225 (June 21 - 27, 2008)

1.バラク・オバマの巧妙な選挙戦術

2.オバマの公的選挙資金受け取り辞退とそのインパクト

3.原油先物取引価格投機の批判は続く
 

2.オバマの公的選挙資金受け取り辞退とそのインパクト

【本文】
 オバマ候補は先週金曜、秋の本選で、連邦選挙委員会からおりる予定の8410万ドルの公的選挙資金の受け取りを辞退し、本選を、自分が集める民間の選挙資金だけで闘うことを発表しました。この前例のない決定は、オバマにとってのチャレンジであると同時に大きな機会を与えます。チャレンジとは、オバマにとっても僅か4ヶ月の間に改めて2億ドル、3億ドルの巨額の選挙資金を集めることはそれほど容易なこととは考えられず、もし目標どおりに集まらなければ資金繰りに苦しむこともあり得るからです。大きな機会というのは、もし目標どおりの資金集めに成功した場合には、8410万ドルの公的資金と1500万ドルの共和党全国委員会からの資金の計1億ドルで選挙を闘わなければならないマッケイン候補を、まず選挙資金の面で圧倒できる可能性があるからです。もしマッケインの2倍、3倍の選挙資金を自由に使えるということになれば、オバマ候補は、勝敗を左右する伝統的なスウィング・ステイツ(swing states)だけでなく、最近の大統領選では共和党候補が制することの多かった共和党寄りの州でも充分な闘いを展開することができるようになり、選挙の行方全体が変わる可能性がでてきます。

 オバマ候補は昨年11月末には公的資金を受け入れることを表明していたので、今度の決定は以前述べたことを覆すことになります。今度公的資金辞退に傾いたのは、明らかに、予備選の段階における選挙資金集めの大成功があったからであり、しかもこの選挙資金集めのやり方なら本選でも集められるという見通しが立ったからです。オバマの選挙資金の相当部分はオバマのウェブサイトを通じた小口献金から集まり、その献金者の総数は150万人を越えたと言われます。150万人の献金者があれば一口平均100ドルでも1億5千万ドル、200ドルなら3億ドル集まるという勘定です。献金者のわずか10%だけが1000ドルを越える大口献金者といいますが、10%でも15万人おり、一口平均1000ドルならそれだけで1億5千万ドル、2000ドルなら3億ドルになります。オバマは予備選で実際に3億ドルを越える資金を集めることに成功したので、本選でも同じような金額を集められると踏んだ訳です。

 果敢な資金集めを続けることは、有権者とのコミュニケーションのパイプを選挙の日まで保ち続けることになり、更には当選した後まで有権者とのパイプを保ち続けることが可能になります。インターネットを通じた広範な有権者とのパイプを持つことは、オバマ政権における新しい政治の形を生み出す導線となる可能性があります。インターネット、ブロードバンドを最大限に利用した、多数の一般有権者の政治への積極的な参画を可能にする新しい民主主義を創造したいというオバマの構想もこのあたりから来ていると考えられます。

 マッケイン候補は、オバマが「約束を破った」と強く批判しました。しかしマッケインは、巨額の資金を集められるオバマ候補にはこの面では全く太刀打ちできず、嫌でも公的資金に頼らざるを得ないというのが現実です。オバマは資金集めに失敗しない限りは、選挙資金の面でもマッケインに完全に有利な立場に立ちます。
 
 

WPR 2224 (June 14 - 20, 2008)

1.共和党の数少ない “Winning Issue”としてのエネルギー政策問題

2.オバマ陣営に合流するクリントン外交顧問たち

3.イラク/アフガニスタン補正予算法案
 

1. 共和党の数少ない “Winning Issue”としてのエネルギー政策問題

【本文】
 今年の大統領選は民主党と共和党の闘いというよりは、民主党と共和党系無所属の闘いと見なす方が真実に近いと言えます。予備選からこれまでの形勢を見れば、民主党候補となるバラク・オバマの方が、全体の勢いからいっても大統領候補としての資質からいっても、共和党系無所属候補というべきジョン・マッケインより遥かに優位であり、順調に行けばオバマが勝つのが当然です。そこでこれから11月4日の選挙までの焦点は、どちらが勝つかということよりは、むしろ、勝ち目の薄いマッケインが万が一勝てるとしたらそれは何をもって可能になるか、ということの方にあります。

 マッケイン陣営が、勝つための鍵としてまず必ず挙げるのは、イラク戦争、テロリズム戦争などを中心とした安全保障政策問題です。確かに、海軍元帥の孫であり息子でもあるという米国海軍のエリートという出自、ベトナム戦争に海軍航空隊大左として参加し、北ベトナムで撃ち落されて5年間も戦争捕虜として苦渋をなめたという従軍経験、1982年下院議員、86年上院議員になってからも一貫して軍事安全保障関連政策で最も大きな発言力を誇ってきたという政治家歴からして、彼が安全保障問題に強味があることは内外ともに認めるところです。しかし焦点となるイラク再建問題を考えた場合、秋になった段階で米国有権者の半分以上が大量の米軍の長期イラク駐留に賛成するかどうか。常識的にはそれは考えにくく、またそういう説得をしようとするマッケインの議論に有権者がどこまで耳を貸すかも疑問です。そうすると、共和党の限られた数の愛国主義的な有権者を除いては、イラクも安全保障問題もマッケインの “Winning Issue” にはなりにくいと見た方が妥当です。

 それでは経済、財政政策はどうか。マッケインが2年前までの主張を覆して、現在は「共和党らしい」衣を着てブッシュ減税の恒久化を訴え、法人税の引き下げを提言し、また連邦財政ではマッケインは従来から一貫して予算の無駄を省くことに熱心に取り組んできたことなどはそこそこの評価を受けるでしょう。また、「オバマはブッシュ減税を廃止し、従って戦後最大の増税をやる」「一般国民が経済減速、失業者増大に直面している現今に当たって、増税策を目指すなどということは常識では考えられない」とオバマの経済政策を厳しく批判することも悪くはありません。

しかしそれは、マッケインのオバマ批判が真実をついていればのことです。先週も軽く触れたように、マッケインのオバマ増税批判の主要部分たるブッシュ減税の廃止というのは、家族年収が25万ドル以上の高額所得者だけに限ったことで、ミドルクラスの減税ではむしろオバマの方に大きな期待ができます。所得税でも社会保障税でもオバマの案では高額所得者の税負担は確かに増しますが、考えられている増税率は大したものではなく、歴史的に見れば依然として非常に低いレベルに留まります。マッケインは明らかに事実を歪曲してオバマ批判を展開しています。これまでのオバマの税制提案で心配があるとしたら、それはキャピタルゲインズ税を現在の15%から28%に引き上げると言っていることで、これは経済と国庫収入にマイナスになる可能性があります。

 オバマの税制が狙っているのは、高額所得者の税負担を増してそれによる歳入増を貧しい人々のための政策に還元するという典型的な所得再分配です。しかしそれが極端なものでない限り、社会的不公正を是正しようという彼の意図は民主党政治家としては当然のものです。年収が1千万ドルあっても所得税率は最大35%どまり(実際には35%をまともに払っている納税者などほとんどいない)という歴史的に低いレベルにあり、また社会保障税は年収10万ドルを越えた所得には全く課されない、という高額所得者にとっての天国が続いている米国では、しばらくオバマ案のような所得再分配政策が行われても格別に悪いことではありません。

 こう考えると、経済、財政政策も、マッケインの “Winning Issue” とはなりにくいことがわかります。

 さて、そういった中で、マッケインにとっても、また議会共和党議員にとっても秋の選挙でうまく取り組めば “Winning Issue” になる可能性があると考えられるのが、エネルギー政策です。アメリカ人はガソリン価格が1ガロンあたり4ドル10セントに跳ね上がって一向に下がる見込みがないことに、間違いなく「怒って」おり、その怒りを秋の選挙にぶつけることは確実です。もし共和党が黙っていれば、ガソリン値上がりの責任も共和党になすりつけられる危険があります。しかし、ガソリンの値上がりの原因の大きな部分が、もともとは米国内における原油開発を禁じた民主党にあったということをアメリカの一般有権者に思い起こさせることに成功し、共和党として有権者にアピールする積極果敢な政策提案をすることができた場合は、これは共和党にとって数少ない “Winning Issue” となる可能性があります。

 今週火曜(17日)、マッケイン候補は、米国沿岸大陸棚における原油開発の禁止を解いて原油開発を認めることを呼びかけました。水曜(18日)にはブッシュ大統領が、a) 米国沿岸大陸棚における原油開発再開に加えて、b) ロッキー山麓の油頁岩(ゆけつがん。oil shale)からの石油生産、c) アラスカ野生保護地区(ANWR)での原油開発、d) 石油精製所の建設・増設の促進などを改めて訴え、現下のエネルギー危機に対応して、議会民主党がこれまでの姿勢を転換して国内原油の自給度を高めるための原油開発に積極的に取り組むことを要請しました。マッケインとブッシュの2人の提案は明らかな連携プレイで、マッケイン陣営とブッシュ・ホワイトハウスが、エネルギー政策は共和党にとっての政治的メリットが大きいとの判断をしたことが読み取れます。ブッシュ大統領はこれまでは「民主党が国内エネルギー開発を禁じたことが現在のエネルギー危機を引き起こした」と民主党の過去の過ちだけを批判することが多かったのが、今度は議会民主党が考え方を改めて国内原油開発支持に転じるように訴える未来志向に方向を転じました。

 米国のエネルギーは長期的には石油以外の代換エネルギーへの依存度を増すことが絶対に必要になっていますが、それに至るまでの数十年間は実際には石油への依存から逃れることはできず、短期・中期の石油政策は必ず必要です。この現実を考えた場合、180億バーレルの埋蔵量があるとされる大陸棚、8000億バーレルの石油になると考えられる油頁岩、100億バーレルの埋蔵量が見込まれるアラスカ野生保護地区の開発に全く手をつけないということは自殺行為を意味します。今すぐに禁止を解いても、測量に2年、試掘に5年、最短でも7年経たないと実際の原油生産は始まらないと考えられますが、開発の目処がつけば原油価格へのプレッシャーは後退します。これは単なる心理学的効果以上の、価格高騰を抑える現実的なインパクトとなるでしょう。

 何故これが共和党にとっての数少ない “Winning Issue” になる可能性があるかというと、それは、a) 環境保護団体のロビイングにがんじがらめにされた議会民主党/オバマはガソリン価格、原油価格を抑えるに効果のある対抗策を出すことが非常に難しいのと、b) ガソリン価格高騰で苦しむ一般米国人の国内原油開発に関する考え方が大きく変わってきているからです。

ギャラップの調査によると、1990年には「環境保護と経済成長のどちらにプライオリテイを与えるか」との問いに対して、環境保護にプライオリテイを与えると答えた人が79%、経済成長をプライオリテイとすると答えた人が19%だったのが、昨年2007年には環境保護が49%、経済成長が42%となったとあります(6月19日のウオールストリートジャーナルの記事のデータによる)。これは、環境保護より経済成長を重視するアメリカ人が明らかに増えたことを示しています。米国内の原油開発に抵抗し続ける議会民主党とオバマは、「国内原油開発の禁止を解いても現在のガソリン価格は全く低下しない」と反論し、代わって、大手石油会社に対する利益特別税の徴収、OPECの価格カルテル処罰策(OPECに対する訴訟を可能にする法案など)などを対抗策として提案しています。しかし、大手石油会社を処罰してもガソリン価格抑制には全く寄与しません。豊富な埋蔵量を誇る米国内の石油に全く手をつけないままの民主党の主張は次第に劣勢になりつつあります。

 マッケインはこの問題でも、かつては環境保護主義者に組して、大陸棚の原油開発にもアラスカ野生保護地区の原油開発にも反対していました。今後の変身は、減税政策と同じく選挙用であって、信念を欠いているマッケインがアメリカ一般大衆を説得できるような議論を展開できるかどうかは分かりません。しかしそれができれば、これはマッケインにとっての “Winning Issue” になります。(ただしアラスカ野生保護地区の原油開発は、マッケインは未だにこれを支持していない。)

 ブッシュ大統領の主張はマッケインより余程一貫性がありますが、今度の発表は実は中途半端で終わっているところがあります。大陸棚原油開発は1981年以来議会が法律によって禁じたまま現在に至っていますが、これとは別に1990年に、ブッシュの父親の41代ブッシュ大統領が大統領令によって大陸棚原油開発を改めて禁じており、現在の禁止は2重になっています。90年に大統領令を発した経緯がよくわかりませんが、大統領令である限りブッシュ大統領は別の大統領令によりこれをいつでも廃することができます。それをやらずに議会民主党にまず立法によって禁止を解くことを求めたのは、やはり政治駆け引きを優先したものと考えられます。

 ところで、原油価格高騰の背後に先物取引市場の投機家やウオールストリートの今週の上院エネルギー天然資源委員会の公聴会における商品先物取引委員会(Commodity Futures Trading Commission)の委員の証言で明らかにされました。原油の先物取引の少なくとも70%は、ウオールストリートのデイーラー、ヘッジ・ファンド、ペンション・ファンド、その他投機家がおこなっているといい(純粋の投機的取引は37%前後とされる)、特に原油価格が高騰し始めた昨年からは、ウオールストリートのデイーラーの先物取引に占める割合は40%に達しているとの証言でした。原油先物取引のスワップ取引にはほとんど規制がないことから、魅力のなくなった株式市場から身を引いた投資資金の相当量がこういう原油先物取引にまわったことが考えられます。将来の価格高騰を見越して原油の先物を買い、高くなったところで売り飛ばすという投機が繰り返されて今日の1バーレルあたり135ドルの価格につりあがったということです。そうでなければ、生産コストが1バーレルあたり16ドル(一説ではサウジアラビアの生産コストは1バーレルあたり2ドルという)の原油が135ドルにつりあがるはずがありません。原油の先物取り引きは株の取り引きより遥かに投機性の高い取り引きになっていることが容易に想像されます。

 ブッシュ大統領は水曜の発表でも、原油価格高騰の原因は「需給関係の逼迫」にあるというこれまでの議論を繰り返すだけで、原油価格の投機性には全く触れませんでした。これは共和党系の政治家やオピニオン・リーダーにほとんど共通した主張であって、それがために、残念ながら共和党関係者からはウオールストリートを批判する意見はほとんど出てきません。原油価格の投機性に次第に注目するようになっているのは議会ですが、投機をおこなっていると考えられるウオールストリートの有力な投資デイラー(ゴールドマン・サックスやモーガン・スタンリーなど)がロビイストを議会に送り込んで「投機は一切やっていない」という強力なロビイングを展開しているために、議会でもなかなか表立った議論になりません。議会がウオールストリートのロビイングに封じ込められて原油の投機をチェックできないとなると、残るチェック機能は、商品先物取引委員会などの行政当局しかなくなります。行政当局だけでは充分なチェックをできないことは、現在の石油価格がそのまま証明しています。

 もし原油価格、ガソリン価格の高騰を本当に抑え、エネルギー政策問題を選挙の “Winning Issue” にしたいというのなら、ブッシュ大統領やマッケイン候補は、国内原油開発再開の呼びかけだけでなく、この原油価格の投機の問題にメスを入れなければならないところです。
 
 

WPR 2223 (June 7 - 13, 2008)

1.クリントン支持者のオバマ陣営合流

2.印象の良くないブッシュ大統領の欧州歴訪

3.米国の矛盾を露呈する米国・イラク安全保障合意の交渉
 

1.クリントン支持者のオバマ陣営合流

【本文】
 7日(土)のワシントンDCにおけるヒラリー・クリントン候補の演説は、彼女の支持者と彼女に投票した1800万人近い有権者に感謝の言葉を述べると共に、バラク・オバマ候補の勝利を認め、秋の本選におけるオバマ候補の全面的な支持を求める、彼女としては珍しい、出色の演説でした。「珍しい」というのは、これまで常に自分の利害にだけしか関心のなかったクリントンが、自分とは別の政治家の勝利を認め、今後はその政治家の支持を求めるような演説をやったのを聴いたのは、少なくとも筆者にとってはこれが初めてのことだったからです。「出色の」というのは、単にオバマ候補の勝利を認めるだけでなく、秋の本選で民主党候補を勝たせることほどの焦眉の急の課題はないとして、ひとつひとつの理由を挙げながらその度に「だからオバマ候補を当選させなければならない」と繰り返す勇敢さを見せたからです。テクニカルには選挙運動を「停止した(suspended)」だけと言いながら、あの演説を聴けば、さすがのヒラリー・クリントンも遂に現実を認めて、オバマ候補に席を譲ることを決意したことは、誰にとっても明らかでした。6日の演説を誉める声はワシントン政界全体に広がりました。

 この、クリントン候補(そして夫妻)としては先例のない、いさぎよい譲歩は、非常に重要なインパクトを持っています。それは、これまでヒラリー・クリントン候補を忠実に支持し続けていた多数の有力な政策立案者、学者、選挙戦略専門家などを「クリントン支持」という束縛から解放し、彼らが今後はオバマ候補の顧問として自由に活動することを認めることになったからです。それはまた、クリントン候補がもはや、指名を目指して運動を続けることができなくなることを意味し、彼女の選挙運動が嘘ではなく「終わった」ことを意味します。(「停止した」といっているのは、8月末の全国大会まで選挙資金を集められる状態を残し、2200万ドルの借金の返済を目指すため。)

 1990年代のクリントン政権を支えた政治家、活動家、学識者のほとんどは今度の選挙でそのまま、ヒラリー・クリントン候補の選挙運動と政策立案を支える有力顧問となってきましたが、クリントン候補の敗色濃厚となるに従って、内々にはオバマ候補を高く評価する人が増えていたことは間違いのないところです。中には、ビル・リチャードソン(現ニューメキシコ州知事。民主党大統領候補の一人。クリントン政権時代は国連大使、エネルギー長官を歴任)やレオン・パネッタ(元下院議員。クリントン大統領首席補佐官)、ジョー・アンドリュー(クリントン政権下の民主党全国委員長)などのように勝敗を待たずにオバマ支持をはっきり表明した人もいますが、「クリントンに対する裏切り」と非難されたこともあって、ほとんどのクリントン支持者は、クリントン候補が選挙運動を続ける限りは支持を続けるとの態度を取ってきました。しかし、その束縛はクリントン候補の6日の演説をもってなくなりました。

 今週の重要な動きのひとつは、オバマ候補が経済政策立案・取り纏め役としてハーバード出身のエコノミスト、ジェイソン・ファーマン(Jason Furman)を雇ったことですが、この人事が、クリントン支持者の束縛が取れ自由になったことをよく示しています。37歳のファーマンは90年代クリントン政権のホワイトハウスに居た時からロバート・ルービン(現シテイ・グループ執行委員会会長。クリントン政権下の財務長官)に非常に近く、1年半前ルービンが出資してブルッキングス研究所内に作った政策研究グループ、ハミルトン・プロジェクトの長をやっていた人物であるということです。ルービンは言うまでもなくヒラリー・クリントンの強力な支持者で経済顧問、ハミルトン・プロジェクトも次期クリントン政権の経済政策立案のために作ったようなものでした。オバマ候補が、これまでの経済顧問役だったシカゴ大学のオースタン・グールスビー(Austan Goolsbee)教授に代わってファーマンを登用したのは、クリントン候補が選挙運動を公式に停止してオバマ候補支持を表明して初めて可能になることでした。ルービン自身が「ヒラリー・クリントンが選挙運動を止めるまでは、自分はヒラリーを離れなかった。(しかし彼女が降りた以上)自分はオバマを全面的に支持する。彼はこの重要な時に大統領としての指導力を発揮するに充分な素質を持っていると思う」と語りました。

 ファーマンがオバマ候補の経済政策立案の鍵となることによって、ルービンだけでなく、ラリー・サマーズ(ハーバード大教授。前学長。クリントン政権最後の財務長官)、ジョゼフ・ステイグリッツ(コロンビア大学教授。2001年ノーベル経済学賞受賞者。クリントン政権下の経済諮問評議会長)、ジーン・スパーリング(クリントン政権下の国家経済補佐官。ヒラリー・クリントンの経済顧問)、ラーム・エマヌエル(現下院議員。下院民主党議員連盟会長。クリントン大統領国内政策補佐官)などのクリントン政権高官もオバマの経済政策立案に協力する可能性が高まり、まず経済政策でクリントン支持者のオバマ陣営合流が確実に進みます。

 ファーマンはルービンとの共著の形で昨年7月、クリントン候補を念頭においた、国民皆保険制度を強く支持する論文を発表、昨年10月には法人税引き下げと最低課税制度廃止を柱にした税制改革に関する論文も発表しています。しかし今年になってからの米国は、サブプライム問題に端を発する金融市場資金逼迫問題、エネルギー価格急騰問題、経済減速とインフレの懸念などの経済問題げ顕在化し、昨年までとは異なった緊急を要する施策が必要になっています。他方では、連邦財政の巨額の赤字や、社会保障制度、高齢者医療補助制度の財政基盤の脆弱さといった構造的問題にどう取り組んでゆくかという課題も待っています。オバマが掲げた “change” というスローガンを経済政策のなかに如何に反映させてゆくかもチャレンジです。

 オバマ候補は秋の本選に向けての選挙キャンペーンの皮切りとして、今週は経済政策、特に税制に的を絞った遊説を展開しました。政策はまだ枠組みの域を出ていませんが、はっきりしているのは、彼の税制が社会的公正と所得再分配という民主党の伝統的な価値観をそのまま踏襲するものであるということです。高額所得者(年収25万ドル以上)に関してはブッシュ減税を廃するばかりでなく増税、それ以外の95%の納税者に関してはブッシュ減税の延長ないし減税の拡大、キャピタルゲインズ課税率の現行15%から28%へのより戻し、遺産相続税に関しては2009年のレベル(夫婦で7百万ドルまで無税。それ以上の財産の課税率45%)の固定化、高額所得者の社会保障税負担の増大と低所得者の社会保障税負担の軽減などを基本にしています。マッケイン候補は、「オバマ候補はブッシュ減税をすべて廃止する」「第二次大戦以来の最大の増税を行おうとしている」と批判していますが、これは明らかに事実歪曲のデイスインフォメーションです。ファーマンは今後、こうしたオバマの経済政策を更にリファインし統合化してゆく役割をになってゆくでしょう。
 
 

WDB 2222 (May 31 - June 6, 2008)

1.バラク・オバマ候補の民主党大統領候補指名確定

2.ヒラリー・クリントン候補の敗退

3.秋の本選の展望
 

2. ヒラリー・クリントン候補の敗退

【本文】
 勝つべくして勝てなかったヒラリー・クリントン候補の敗因は、反ブッシュ、反共和党の時代の流れに対して「1990年代の黄金時代への回帰」という誤ったメッセージを送って予備選の前半を闘ったことと、バラク・オバマというヒラリー・クリントンを数段上回る力量をもった対抗馬に遭遇したことでしょう。全国的な知名度からいっても、全米各州の民主党組織への浸透度からいっても、巨額の資金を集められる民主党献金者の長大なリストからいっても、クリントン候補は当初から絶対的に優位な地位にあり、勝たなければならないところでした。

 彼女とクリントン支持者たちから見て「黄金時代」であった1990年代のクリントン時代は、しかし、米国の半分の有権者にとっては決して黄金時代ではなく、米国有権者は、ブッシュ時代には飽き飽きしていても、90年代に戻りたい訳ではないということに、クリントン候補も彼女の側近も気づかないようでした。クリントン候補がその誤りに気づいたのは予備選も半ばを過ぎて敗色が濃厚になってきた2月末になってからで、3月以後、メッセージを変えて、民主党有権者の核を成すブルーカラー、ローアー・ミドルから貧困層に焦点を絞ったポピュリストな(人民主義的な)メッセージを送るようになってから初めて、クリントン陣営がもともと持っていた優位な点が生きるようになりました。3月以後行われた16の予備選のうち、テキサス、オハイオ、ペンシルバニア、インデイアナ、ウェストバージニア、ケンタッキーなどの重要な州を含む9州でクリントン候補が勝ち、しかもその多くがオバマ候補に大きな差をつける大勝であったことがそれを示しています。しかし2月末までにつけられた差が大き過ぎたために、あと一歩のところでオバマ候補に追いつくことができませんでした。

 ブッシュ時代の延長でもなければ、90年代への後戻りでもない、ワシントンの政治そのものの抜本的な変化をスローガンに掲げたオバマ候補が、もともとクリントン候補を上回る資質を備えた政治家であったことは、予備選が進むに従って明らかになってゆきました。オバマ候補との力量の差を埋めるために充分な知名度や支持者、選挙組織を持っていたはずのクリントン候補でも勝てなかったのはこの点では致し方のないところでした。

 クリントン候補はオバマ候補が指名獲得に充分な代議員数を確保した火曜(3日)の夜の演説では、オバマ候補の勝利を認めることも、勝利を祝福することもせず、むしろ自分の勝利宣言のような演説をおこないました。過去3ヶ月の予備選ではオバマ候補を完全に凌駕してきたクリントン候補とクリントン陣営としては、むしろそれは当然のことであったかも知れません。しかし、クリントン候補とクリントン支持者を除く米国世論全体は既に、オバマ候補を民主党候補と見なして秋の本選に関心を移しており、この現実はクリントン候補であってもどうすることもできません。チャーリー・ランゲル下院議員(クリントンと同じくニューヨーク選出の黒人議員で、クリントンの強力な支持者のひとり)などの呼びかけもあって、クリントン候補は今週土曜、選挙運動を停止しオバマ候補の勝利を認める演説をおこなう予定になっています。もしこの世論の流れに抗して、8月末の民主党全国大会での逆転に望みをかけて選挙運動を続けた場合には、民主党は本当に分裂状態になり、秋の本選が危なくなり、またクリントン候補の政治家としての将来にも大きな傷がつく可能性があります。

 クリントン候補の敗退は、1992年以来民主党を事実上牛耳ってきたクリントン夫妻の大きな後退であり、クリントン時代の終わりを告げます。特にオバマ候補が大統領に当選した場合には、それを契機に民主党は新しい指導者の下に新しい時代が始まります。クリントン夫妻への忠誠心によって支持を続けてきた人々のなかにも、この世代交代にほっとし、それを歓迎している人は多いはずです。

 なおクリントン候補の敗北は、先週土曜日(5月31日)に民主党全国委員会の規則法規委員会がフロリダとミシガンの代議員の扱いを決めた段階で事実上決まりました。同委員会は、フロリダとミシガンの合計358人の代議員のすべてを全国大会の席に着かせることに合意したものの、投票権は半分に制限し、また代議員の振り分けはクリントン候補に約60%、オバマ候補に約40%という裁定を下しました。これは、クリントン候補だけに一方的な大きな代議員を与えろというクリントン陣営の主張を拒否するものとなり、クリントン候補はオバマ候補との獲得代議員数の差を大きく縮めることに失敗しました。
 
 

 
WPR 2221 (May 24 - 30, 2008)

1.前大統領報道官の大統領批判

2.ヒラリー・クリントン候補の毒のある発言

3.経済成長率の上方修正
 

1. 前大統領報道官の大統領批判

 2003年から2006年までブッシュ大統領の報道官を務めたスコット・マクレランは、ブッシュ大統領についてテキサスからワシントンに来た高官のひとりで、在職中はブッシュ大統領に最も忠実な部下のひとりでした。雄弁とは言えず、もともと報道官に向いているとは言えなかった彼が3年間報道官を務められたのは、ブッシュ大統領への忠実さが際立っていたからでした。そのマクレラン元報道官が出版した本(発売は6月2日)が、思いがけずブッシュ大統領とブッシュ政権に極めて批判的で、特にイラクへの軍事侵攻に当たってはブッシュ政権は事実やデータをゆがめて国民を意図的に欺いたプロパガンダを展開したと論じたために、ワシントンで大きな論争を起こしました。

 ブッシュ大統領に関しては、個人的な魅力と機知と素晴らしい政治的才能に恵まれている(a man of personal charm, wit and enormous political skill)が、選挙で約束した「ワシントンの党派的で対決的な文化を変える」という言葉を守らず、そういうワシントンのゲームをそのまま演じることを選んだと言い、また現実から遊離した指導者(an out-of-touch leader)であって、誤りを認めることを頑固に拒み、大統領になるには充分の頭の良さがあるが自分の仕事を反省することができない(あるいはしない)人物だと評し、もっと自分に自信のある指導者なら失敗を認め、大衆の能力を信頼して失敗を認めて方向を変える勇気を示すこともできただろうと結論づけています。また、再選されなかったという父親の失敗を絶対に繰り返さないことを自分に誓って、ホワイトハウスは常に選挙キャンペーンのモードにあり、「説明しない」「弁解しない」「退却しない」が恒常的な姿勢であり、従って「反省もなく」「再考もなく」「妥協もなかった」、特にイラク政策に関してそうだったとも評しました。戦争は必要な時に限って遂行されるべきであるが、イラク戦争は必要がなかったとも断じています。

 こういうブッシュ批判、ブッシュ政権批判に対して、マクレランと共にブッシュ大統領に仕え、マクレランの上司の立場にあった、カール・ロウブ(元副首席補佐官)、ダン・バートレット(元コミュニケーション部長)、アリ・フライシャー(元報道官)といった人たちは一斉に反論して、「もしそういう批判や不満があったのなら在職中に言うべきだったのに、一度もそれを聞いたことがない」「そういう批判があり聞き入れらなかったのなら、むしろ辞職すべきだった」「マクレラン報道官の地位は低く、最高幹部だけの会合には加われなかったので、彼は実際には何も知らない」「プロパガンダというが、マクレラン自身が報道官としてそういうプロパガンダを先頭に立って推進したではないか」「マクレランは2006年春のホワイトハウス人事刷新で事実上追い出されたので不満があったのだろう」「センセーショナルな本を出して金儲けしたかったのだろう」「出版社はブッシュ批判で知られるジョージ・ソロスの本を6冊も出した Public Affairs という左翼超リベラルの会社で、その会社に利用されたのだろう」といった手厳しい批判を加え、この本の価値をなくそうと必死になっています。他方では「この本には全く新しいニュースはない。すべて誰でも知っていることだ」と却下する声もあります。こういった論争のお陰で、発売前であるのにamazon.comの予約注文ではすでにNo.1になりました。

 マクレランはテレビ・インタビューなどで、自分が変心したのは仕事を辞めてこの本を実際に書き始めてからであって、イラク戦争を開始した時は自分もブッシュ大統領を信じていたと言います。しかし、ハリケーン・カトリーナの被害がホワイハウスの中では「パブリック・リレーションズの大失敗」に過ぎないとしか見られなかったことに幻滅し、CIA女性スパイのバレリー・プレイムの名前のリークをめぐるホワイトハウスのカール・ロウブ補佐官などの言論操作(manipulation)に疑問を感じたことなどをきっかけに、次第にホワイトハウス内のオペレーションに違和感を持つようになったことも認めました。こういう本を出版すれば、ホワイトハウスや前の同僚から厳しい批判を浴びることは勿論わかっていたはずで、それにもかかわらず出版したのは、彼の言うとおり、ブッシュ政権に関しての彼の反省をそのまま世の中に真面目に問いたかったからでしょう。

 とつ弁のマクレランは大統領報道官には全く向いていませんでしたが、彼が真面目で、自分に忠実であるということは当時からよくわかりました。自分のボスである大統領をこういう形で批判することがよいこととは決して言えませんが、しかし、彼のブッシュ大統領の人物観、ホワイトハウスのオペレーションに関しては真実をついたところが多々あり、それを評価する意見もあります。例えばレーガン大統領のスピーチライターを務めたペギー・ヌーナンもそういう評論をし、彼の本を頭ごなしに否定することをしていません。むしろ、もっと多くのブッシュ政権高官がいろいろな回顧録を出して、イラク戦争の歴史的真実を明らかにすべきではないかと論じます。(http://online.wsj.com/article/SB121209803493730619.html?mod=todays_columnists )

 イラク戦争をブッシュ大統領と共に遂行し、最後には解任同然で国防長官をやめることになったラムスフェルト前国防長官も来年回顧録を出版する予定とのことであり、ブッシュ政権と政権を駄目にしたイラク戦争の歴史的真実をめぐる論争は来年になっても続くでしょう。
 
 

WPR 2220 (May 17 - 23, 2008)

1.クリントン候補に残されたチャンス

2.コンセンサスのできるサブプライム・ローン保有者救済策

3.米国抜きの和平策を模索する中東
 

1.クリントン候補に残されたチャンス

【本文】
 大統領選に関するメデイアと米国大衆の関心は次第に秋の本選に移りつつあり、共和党のマッケイン候補に関しては副大統領候補選び、民主党のオバマ候補に関してはマッケイン候補との外交政策論争が今週のニュースのトップを飾りました。

 マッケイン候補が今週末アリゾナで開くバーベキューの会にミット・ロムニー前大統領候補、チャーリー・クリスト フロリダ州知事、ボビー・ジンダル ルイジアナ州知事、マイク・ハカビー前大統領候補など共和党の多数の有力政治家を招くことから、これが副大統領候補選びのひとつのプロセスだろうとの推測が出て、メデイアが騒ぎました。副大統領候補選びは、大統領が急逝したような場合に大統領を継ぐ人物の人事としては勿論重要ですが、しかし、大統領選の得票を増やすために、大統領候補の弱い有権者層や地域を副大統領の得票でカバーする必要があるといった議論は、これまでの大統領選の結果を見ればでたらめに近い神話に過ぎないことがわかります。そういう神話をまことしやかにかしましく議論する米国のテレビや新聞のコメンテイターのレベルは決して高いとは言えません。

 マッケイン候補の副大統領候補選びが話題になったのに合わせて、オバマ候補も「密かに」大統領候補選びに入っているという噂が広がり、こちらも、有力政治家の名前を多数あげて候補の憶測をする報道が目立ちます。オバマ候補自身は、まだ指名が確定していないとして、そういう噂を否定しますが、メデイアがオバマ候補指名を既に想定して、秋の本選に関心を移しつつあることはオバマ候補にとっても狙い通りの動きと言えます。この1週間、イランのアフマデイネジャド大統領などの敵国の指導者と直接の対話をすべきかどうかを巡って、それを拒否するブッシュ大統領とマッケイン候補を相手取って議論を吹きかけたのは、オバマ候補が事実上の民主党候補として動かなくなったとの印象を与えることを狙ってのことでした。オバマ候補とマッケイン候補との論争はクリントン候補の影をますます薄くしました。

 今週火曜(20日)にケンタッキーとオレゴンでおこなわれた民主党予備選でも、ケンタッキーはクリントン候補の完勝、オレゴンはオバマ候補の完勝という予想通りの結果で、オバマ候補が指名に向けてますます近づきつつあるという形勢はそのままでした。オバマ候補がこれまでに獲得した代議員総数は1965人で指名に必要な数にあと61人と迫り、またクリントン候補の獲得した代議員総数1779人には186人の差をつけています(いずれもCNNの集計)。特別代議員を除いた予備選・党員集会で決まる通常代議員の獲得数では、20日の結果、オバマ候補はその半数の1627人を超えて1656人に達しました。残った6月1日のプエルトリコの予備選(代議員数55人)、3日のサウスダコタ(代議員数15人)、モンタナ(同16人)の予備選、およびまだ態度を決めていない特別代議員210人の中から60人以上の代議員さえ獲得すればオバマ候補は目標の2026人を越えることができるので、クリントン候補と彼女を支持する有権者を除いては、オバマ候補指名を疑う人はいなくなっています。

 しかし、それならば何故、クリントン候補は今でも最後まで予備選を闘うと言い続けているのか。負けることを承知の上で、自分に投票してくれた1700万人の有権者のために、自分の使命として最後まで闘わなければならないと考えているのか。それともこれから逆転して、本当にオバマ候補を破って自分が指名されるチャンスがまだあると考えているのか。ーーーこれまでの結果を顧み、今後の日程を勘案すると、答えはどうやら後者の方にあることがわかります。

 まず指摘しなければならないのは、2月末までの予備選・党員集会の結果と、3月初めから今までの予備選・党員集会の結果にははっきりした違いがあり、3月初めからの予備選・党員集会の結果では、クリントン候補がオバマ候補を完全に破っていることです。3月初めからこれまでに12州とグアムで予備選・党員集会がおこなわれ、クリントン候補はそのうちのテキサス、オハイオ、ペンシルバニアなどの重要な大州を含めて7州で勝ち、657万票を獲得、代議員も456人を獲得しました。それに対してオバマ候補が勝ったのは5州とグアムだけで、得票数も585万票、獲得代議員数も439人に留まりました。票数では72万票の差があり、獲得代議員数でもクリントン候補が17人多く獲得しました。すなわち3月以降はクリントン候補の勝ちで、オバマ候補との差を縮めたということができます。特に獲得総票数ではほとんど肩を並べました。だから、オバマ候補はいつまでたっても指名を確実にすることができず、クリントン候補に急追を受けたとの印象がでています。

 2月末までを見ると、32州とバージン諸島、サモア、海外居住者の予備選・党員集会があり、オバマ候補が22州とバージン諸島、海外居住者の予備選・党員集会で勝ち、1117万票を獲得、代議員も1217人を獲得しました。それに対してクリントン候補が勝ったのは10州とサモアだけで、カリフォルニア、ニューヨークなどの大州をおさえたにもかかわらず得票は965万票で、獲得代議員数も1044人に留まりました。得票数で152万票の差があり、獲得代議員数でも173人の差がつきました。オバマ候補は大きな貯金をしたということになります。この貯金があったために、3月以降多くの州でクリントン候補に敗れたにもかかわらず、指名に限りなく近づくことができた訳です。今は、大きく先行したオバマ候補が、猛追するクリントン候補を振りきってゴールに駆け込むことができるかどうかの時点にさしかかっています。

 しかし猛追するクリントン候補から見れば、これだけオバマ候補に迫ることができた以上、追いつき追い抜くのはあと一歩の感があり、何としてもそれを果たしたい。これはクリントン候補だけの望みではなく、彼女に投票した1700万人の有権者の気持ちでもあるとすれば、なおさらのことです。しかし、今のままの状況ではラストスパートが遅すぎ、時間切れになりそうな状況であるので、何とかしなければならない。そこで可能な限りの手段を用いて、最後の逆転のチャンスを狙っているというのが現在のクリントン候補です。

 <<代議員数に186人の差があり、しかもオバマ候補が目標までにあと61人に迫っているとなると、まず目標を高くして、オバマ候補の目標までの距離を広げなければならない。民主党全国委員会の命令を無視して予備選日程を早めた罰によって代議員を剥奪されたフロリダ(211人)とミシガン(157人)の代議員を加えれば代議員総数は4418人、指名に必要な代議員数は2026人から2210人に引き上げられて、その目標に達するにはオバマ候補はまだ245人の代議員が必要ということになる。ルールを変えてこの距離を作った上で、クリントン候補に都合のよいことには、民主党全国委員会の決定に従わずに自分の名前を残したミシガンとフロリダの予備選では、クリントン候補がそれぞれ55%と50%の票を獲得した。その比率をそのまま代議員の割り振りの比率とすればクリントン候補は2州で計192人の代議員を獲得できる。他方、ミシガンから名前をはずし、フロリダで33%の得票しかできなかったオバマ候補が獲得できる代議員がフロリダの70人だけとすると、クリントン候補はこの2州でオバマ候補より122人も多く代議員を獲得し、オバマ候補との代議員数の差を一気に64人に縮められる。1日のプエルトリコの予備選ではクリントン候補は頑張れば70%の得票をできるので、55人の代議員のうちの70%の39人を獲得でき、16人しか獲得できないオバマ候補より23人多い代議員を獲得する。すなわち23人の差が縮まって、オバマ候補との代議員数差は41人に縮まる。3日のモンタナ(16人)とサウスダコタ(15人)の予備選ではオバマ候補が平均55%ぐらいの得票で勝つと想定して、17人ぐらいの代議員を獲得、クリントン候補の取り分は14人で、これでまた代議員数差が3人開いて、44人となる。この44人の代議員数差を縮めるために残っているのは、未だ態度を表明していない210人の特別代議員である。クリントン候補が44人の差を縮めてオバマ候補に勝つためには、210人の特別代議員のうちの128人を獲得すればよいということになる。その場合のオバマ候補の取り分は83人である。もし残った特別代議員の多くが態度を保留し続けて、最終的な代議員獲得数が確定しない場合には、8月25日からのデンバーでの民主党全国大会にそのまま持ち込んで、大会の中で必要な代議員獲得工作に全力を挙げる。>>

 ヒラリー・クリントン候補が現在考えているのは以上のようなシナリオでしょう。単にミシガンとフロリダの代議員数を加えただけでは、あるいは単に残った特別代議員の多くを獲得するだけではオバマ候補に追いつくのは不可能で、上記のようなさまざまなプロセスがすべてかみ合わないと186人という代議員の数の差は縮まりません。それがすべてうまくかみ合った場合にのみ、クリントン候補の逆転勝利のチャンスが残っています。成功の可能性は非常に限られ、常識的には難しいことですが、3月以降の予備選・党員集会ではオバマ候補を破り、底力を見せたクリントン候補は、これが全く不可能とは見ていないでしょう。

 その鍵となるのが、5月31日に予定されている、民主党全国委員会規則委員会におけるミシガンとフロリダの扱いに関する検討と決定です。これでクリントン候補に有利な決定がなされればクリントン候補の逆転の望みが生き続けます。しかしそういう決定がなされなければ、クリントン候補の逆転の可能性はほとんどなくなります。

 オバマ候補は3月以降の予備選・党員集会でクリントン候補の追い上げを許し、その過程で、白人ブルーカラーや女性高齢者の票を容易に取れないという弱点を露呈しました。カリスマ性も後退しました。ペンシルバニアやウェストバージニアやケンタッキーでクリントン候補に投票した有権者の3分の1が、オバマ候補が指名された場合、秋の本選ではオバマ候補に投票せず、マッケイン候補に投票するか棄権すると答えたことは、オバマ候補がこれから直面する試練を予告しています。これが、クリントン候補が容易に諦めないもうひとつの理由です。
 
 

WPR 2219 (May 10 - 16, 2008)

1.終わりに近づく民主党大統領予備選

2.ミシシッピ第1選挙区下院補欠選挙結果と下院共和党

3.ブッシュ大統領の拒否権を乗り越える2法案

4.物議をかもしたブッシュ大統領のイスラエル議会における演説
 

3.ブッシュ大統領の拒否権を乗り越える2法案

【本文】
 議会は今週、ブッシュ大統領が拒否権を行使すると警告していた2法案を、拒否権の効かない絶対多数で可決しました。今後5年間で総額2900億ドルの予算を認める農業助成法案(H.R.2419)とガソリン値上がりを少しでも軽減するために戦略石油備蓄を一時停止する法案(H.R.6022)がそれです。前者は上院で81対15票、下院で318対106票、後者は上院で97対1票、下院で385対25票の採決でした。拒否権が効かないので、ブッシュ大統領は署名をするか、署名なしで自動的な成立を容認するかの選択しかありません。

 農業助成法案はこれまでどおり、エタノール生産振興のための助成、農業産品価格維持策など多数の助成策と議員の地元向け予算を多数盛り込み、ブッシュ大統領が容認する予算を200億ドル上回りました。議員が好む典型的な助成策であり、下院では218人の民主党議員に加えて、100人の共和党議員がブッシュの警告を無視して賛成票を投じました。上院でも30人に近い共和党議員が賛成にまわりました。

 戦略石油備蓄は現在許容量の97%に当たる7億3百万バーレルを保有しており、毎日7万バーレルが増量されています。これが停止されても、米国の現在の毎日の消費量約1950万バーレルの僅か0.36%が民間に流れるに過ぎないので、価格への実際の効果はほとんど期待できません。連邦政府として直ちに可能な施策としてはこれぐらいしかないので、象徴的なものに過ぎないと言ってよいでしょう。

 議会が超党派でこうした法案を通した背景には勿論選挙があります。特に共和党議員にとっては、秋の選挙を闘うためには、もはやブッシュ大統領の求めることだけを聞いてはいられなくなったという状況になってきました。ブッシュ離れは法案採決にもはっきり現れてきました。

 なお下院本会議が15日(木)に審議したイラク/アフガニスタン駐留軍維持費を中心とした補正予算割当法案は、肝心のイラク/アフガニスタン駐留軍維持予算1625億ドルを抜き去り、イラク駐留軍を2009年末までに引き揚げる条項と、失業保険の支給期間を13週間延長するなど国内向け緊急予算212億ドル、および帰国退役軍人の大学教育助成予算およびそのための高額所得者(個人年収50万ドル以上、家族年収100万ドル以上)対象の0.5%の追徴課税の条項だけを残した異例の形となりました。これは、駐留軍維持予算だけを求め、他の追加条項に反対する共和党議員132人が採決をボイコットし、1625億ドルの予算条項が141対149票で否決されてしまったからです。民主党は賛成票85票対反対票147票、採決を拒否しなかった共和党議員の票は賛成票が56票対反対票が2票でした。同補正予算割当法案が纏まるまでにはまだ暫くの時間がかかります。
 
 

WDB 2218 (May 3 - 9, 2008)

1.インデイアナ、ノースカロライナ予備選の結果と今後

2.馬鹿にならなくなったガソリン価格高騰問題

3.来週のブッシュ大統領の中東訪問
 

1.インデイアナ、ノースカロライナ予備選の結果と今後

【本文】
 6日(火)のインデイアナとノースカロライナの民主党予備選で改めてはっきりしたのは、(1)ヒラリー・クリントン候補が民主党大統領候補の指名を受ける可能性は殆どなくなったということ(すなわちバラク・オバマ候補の指名の可能性が極めて高いということ)と、(2)オバマ候補が秋の本選で充分な白人票、特に白人ブルーカラー票を獲得できるかどうかは彼にとっての大きなチャレンジになるということの2つでした。

(1)オバマ候補はこの2つの予備選でクリントン候補をノックアウトすることはできませんでしたが、ノースカロライナで14%の票差をつけて完勝し、負けたインデイアナでも票差が僅か2%の僅差であったということは、共に予想より遥かに良い結果で、ジェレマイア・ライト牧師の問題やペンシルバニアでの敗北などにもかかわらず、彼がこのまま押し切って指名を獲得する力のあることを示すに充分でした。

 クリントン候補は闘いを放棄する様子は全く見せず、8月末の民主党全国大会まで行くと宣言していますが、何らかの奇跡かアクシデントが起こるか、あるいは予備選のルールそのものを壊さない限りは、指名獲得は殆ど不可能になりつつあります。

 残った5州(ウェストバージニア、ケンタッキー、オレゴン、モンタナ、サウスダコタ)とプエルトリコの予備選できまる代議員総数は217人、特別代議員(スーパーデリゲイツ)で未だ支持候補を表明していないのが263人で、決まっていない代議員総数は480人です。6日の予備選の結果、オバマ候補の獲得代議員総数は1850人、指名獲得に必要な代議員数2025人にあと175人に迫りました。これに対してクリントン候補の獲得代議員総数は1696人で、代議員総数が2025人に達するにはまだ329人必要です。これは、オバマ候補は残った480人の代議員のうちの36.5%を獲得すればよいのに対して、クリントン候補は68.5%以上を獲得しなければ2025人に達しないということです。オバマ候補の強さを考えるとこれは殆ど不可能な数字です。(数字はすべてwww.realclearpolitics.com <http://www.realclearpolitics.com> による)

 当初はクリントン候補が100人近くの差をつけていた特別代議員の獲得も、この2ヶ月でオバマ支持が大きく増えて、今ではその差は11人しかなくなっています(クリントン272人対オバマ261人)。残った263人の特別代議員の支持だけでオバマ候補との160人の獲得代議員数の差を一気に縮めることはもはや不可能です。(そのためにはクリントン候補は263人のうちの209人の支持を獲得しなければならない)

 最後に残るのは、民主党全国委員会が決めたルールをぶち壊して、ミシガンとフロリダにあてがわれるはずだった計368人の代議員(フロリダ211人、ミシガン157人)を代議員数にねじりこんで、クリントン候補の代議員数を増やすという手段ですが、これをやってもクリントン候補の代議員数がオバマ候補の代議員数を上回ることはほとんど不可能になっています。それでも民主党全国委員会は5月31日にルール委員会を開いて、これを検討します。

 クリントン候補が本当に民主党全国大会まで行って闘うのか、それともある段階で突然「大人らしく」敗北を認めて、オバマ候補に指名を譲るのかは、クリントン候補だけが決められることです。しかしとにかく、通常の形でのクリントン候補指名はなくなりました。

(2)インデイアナとノースカロライナの予備選でも、これまでの投票パターンが繰り返されました。オバマ候補は黒人票の90%を獲得したものの、白人票はインデイアナでは40%、ノースカロライナでは36%しか獲得できず、特に、大学教育のない白人ブルーカラー票はインデイアナでは34%、ノースカロライナでは26%しか獲得できませんでした。(数字はいずれも主要ニュース・コンソーシアムの投票所出口調査結果による)

 この投票パターンは、秋の本選でもオバマ候補にとっての大きな障害となる可能性があります。出口調査で、クリントン候補の投票した有権者のうちの3分の1以上が、秋の本選でオバマ候補とマッケイン候補の闘いとなった場合、マッケイン候補の方に投票すると答えています。インデイアナでは33%、ノースカロライナでは38%のクリントン投票者がそういう回答をしました。もし投票者が秋の本選でこの回答どおりの投票をした場合には、オバマ候補は大きなトラブルに陥ります。

 黒人の公民権が確立されて40年以上経つアメリカでは、勿論、あからさまな形での人種差別や人種偏見はできませんが、語られざる形での人種偏見がオバマ候補に対する投票パターンに厳然と現れていることを認めなければなりません。オバマ候補が秋の本選で勝てるかどうかは、この大きな障害を乗り越えられるかどうかにかかっており、その克服のための特別の戦略と努力が必要です。

 オバマ候補にとっての幸いは、今度の予備選でも、44歳以下の若い有権者層の間では圧倒的な支持を得ており、また、大学以上の教育のある白人有権者の間での支持も悪くはないという点です。ノースカロライナでは29歳以下の有権者の73%、30歳から44歳までの有権者の62%の票を得、インデイアナでは29歳以下の有権者の61%、30歳から44歳までの有権者の56%の票を得ました。また、初めて予備選の投票をしたと答えた有権者の間では、オバマ候補は、ノースカロライナではその68%、インデイアナではその59%を獲得しました。大学以上の教育のある白人票の獲得は、ノースカロライナでは45%だったものの、インデイアナでは51%を確保しました。

 ノースカロライナ予備選勝利直後のオバマ候補の演説は、秋の本選を睨んで、民主党内の総力の結集と、これまでとは異なる新しい政治への変化を呼びかける、本来のオバマ候補の姿に戻りました。オバマ候補がこのまま指名を受け、秋の本選に向かえば、民主党も16年間のクリントン時代に終止符を打って、次の世代が指導的な役割を果たす時代になってゆきます。アウトサイダーのオバマが大統領になれば、ホワイトハウスと行政省庁の高官の恐らく半分は、クリントン時代には縁のなかった人々で占められるものと予想されます。
 
 

WPR 2217 (April 26 - May 2, 2008)

1.トラブルに陥った(?)バラク・オバマの選挙キャンペーン

2.持ちこたえる米国経済と連銀の姿勢

3.史上最低の支持率を記録するブッシュ大統領と共和党
 

2.持ちこたえる米国経済と連銀の姿勢

【本文】
 米商務省が第1四半期のGDP成長率(最初の推定値)をプラス0.6%と発表し、米国経済が未だマイナスに落ち込まずに持ちこたえていることが明らかになりました。「景気後退」「景気後退」と騒がれたにもかかわらず、まだ「経済減速」の範囲内にあるのは米国経済の粘り強さを示すものでしょう。在庫の増大が経済を支えた一因と言い、それを除くと成長率はマイナス0.2%、ドル安で好調な輸出を更に除くと成長率はマイナス0.4%に落ちるとのことではありますが、全体の成長率がプラスに留まったことは、アメリカ人全体の心理にもプラスになります。

第2四半期に入っても減速が進んでいると見られますが、予定より2週間早く今週から始まった税金の払い戻しの経済刺激策の効果が一時的にしても現われれば、第2四半期の成長率もマイナスに落ち込むのを免れる可能性が残っています。少なくとも、ブッシュ政権、連銀などはそれを期待しています。「経済刺激に効果はない」「ナンセンス」などと批判されながらも、納税者1人あたり600ドル、夫婦で1200ドル、総額1500億ドルの国からのボーナスは馬鹿にならない金額です。2001年初夏に出した同じような税の払い戻しの2倍の規模であり、政府としては可能な限りの出費です。

 サブプライム・ローンの問題がこれからまだ1年半以上解消しないことを考えると、当面政府のできるのは、金利操作や税払い戻しや住宅市場の下支え策やサブプライム・ローン被害者の救済策など、いわば騙し騙しの施策で経済成長を支え、嵐が過ぎ去るのを待つということしかないでしょう。サブプライム・ローンの問題が解消し、政府が施策を誤らなければ、経済は2010年春先から健全な成長基調に戻ることも空想ではないでしょう。そういう観点からは、ブッシュ政権と連銀は、当面適切な措置を取っていると考えられます。

 連銀は29日―30日の定例政策会議でFFレートを2.25%から2.0%に、公定歩合を2.5%から2.25%にそれぞれ0.25%づつ引き下げましたが、発表されたステートメントによれば、今後しばらくは金利引き下げを見送って経済と金融市場の動向を見守る可能性が強く、昨年9月から始まった果敢な金利引き下げ策は一段落します。

金利引き下げがウオールストリートの株価を支えたのは明らかですが、しかし、これによって短期資金の流動性が増すという通常のパターンは期待通りに生まれませんでした。それが、サブプライム・ローン問題を背景とした現在の経済金融問題の新しい側面といえます。サブプライム・ローンの証券を大量に抱えた投資銀行の資金逼迫を解消するためには、連銀は公定歩合による直接融資の道(discount window)を投資銀行にも開くことが必要でした。

 半年余りの間に3%以上の金利を引き下げたことがドル安に異常な圧力をかけたことは明らかです。米国の金利政策はグリーンスパン連銀総裁とロバート・ルービン財務長官以来、ウオールストリートの株価を支えることが最優先の目的となった感があり、その結果、金利は常にできる限り低く抑えられ、それは恒常的なドル安への圧力となり続けてきました。しかし、ルービン時代は、IT革命などにも恵まれてウオールストリートの株価引き上げ策が大きな成功を収め、6年余りの間にダウ平均株価は3200ポイントから11000ポイントに3.5倍もの急上昇を続けました。上昇する株価を追ってウオールストリートへの資金の流入が続き、それが恒常的なドル安圧力にもかかわらずドルへの魅力を増して、相対的なドル高傾向が90年代後半を通して続きました。ルービン財務長官はしばしば、「ウオールストリートへの資金の流入を維持するためにはドルが強い必要がある」と言い、従って「強いドルは米国の国益」という公理をつくりましたが、実際には株価の急上昇の魅力にひかれて大量の資金流入が続き、それがドル高を支えたという面が多々ありました。

 現在は90年代のような株価の急上昇がないので、低金利によるドル安の圧力に抵抗するものがありません。連銀の30日のステートメントは、エネルギーと食糧を除いたコア・インフレーションは改善の兆しが見え、今後も緩やかと予想していますが、ドル安が更に進行しインフレ圧力が強まることに対する内外の警告は強まっています。「ドル価値は経済のファンダメンタルズを反映する」というのが定説でしたが、最近は、「ドル価値は経済のファンダメンタルズそのものであって、ドル安を放置することは許されない」という主張も出てきました。金利引き下げによる経済と金融の下支えに限界が見え、他方、金利引き下げによるドル安の弊害が懸念されるようになって、連銀の金利引き下げ策にも限界がでてきたということでしょう。

 例えば第2四半期も、経済刺激策のお陰で何とかプラス成長を維持できた場合、あるいは若干のマイナスになった場合でも、景気後退の通常の定義である2四半期連続のマイナス成長は回避できる可能性があります。しかし低成長の時代がしばらく続くのは上に述べたとおりであり、一般アメリカ人の間での経済停滞ないし悪化の感覚は同じままでしょう。景気後退の始まりと終わりの時期を公式に確定する権威を持つ National Bureau of Economic Researchの景気後退の定義は2期連続のマイナス成長である必要はないとのことで、既に景気後退に入ったと見ている可能性もあります。それに何よりもこの選挙の年においては、経済の状態は最悪との感覚は既に定着しました。
 
 

WPR 2216 (April 19 - 25, 2008)

1.ペンシルバニア民主党予備選の結果を読む

2.ペロシ下院議長とブッシュ大統領との(不思議な)関係
 

1.ペンシルバニア民主党予備選の結果を読む

【本文】
 22日(火)のペンシルバニア民主党予備選の結果は、ほぼ1ヶ月前の3月末の本リポート(WPR2212のトピック2)で予想した通りで、オバマ候補は結局、白人ブルーカラー有権者層の黒人候補に対する無言の拒絶という厚い壁を突き破ることができませんでした。オバマ候補のこの1?2週間の選挙キャンペーンにミスがなかった訳ではありませんが、問題はそれよりも遥かに深い、当面オバマ候補にはどうすることもできない人種のパーセプションにありました。誰も公には語ろうとしないこの拒絶感は、アメリカ社会に依然として残る人種偏見の根深さを物語っています。

 オバマ候補がこの壁を乗り越えて勝つためには、若い人々の力や無所属有権者の力を借りる必要がありますが、ペンシルバニアではこのいずれもがオバマ候補の助けとなりませんでした。重工業や鉱業の衰退と共に衰えたペンシルバニア州は、州全体の一種の過疎化に見舞われ、人口構成が他州と比べて高齢化しています。今度の選挙の出口調査によれば、18歳から29歳までの投票者は全投票者の12%、30歳から44歳までの投票者は全投票者の19%、他方、60歳以上の投票者は全投票者の32%を占めたとの結果が出ました。投票者全体の4分の1は65歳以上の高齢者だったとも言われます。オバマ候補は今回も29歳以下の若い有権者の投票の61%を獲得しましたが、人口の多い60歳以上の投票の62%をクリントン候補に取られて圧倒されました。

 もうひとつ重要なのは、ペンシルバニアの民主党予備選は民主党登録有権者だけに投票の許されたクローズド・プライマリー(closed primary)であったという点です。オバマ候補の強さのひとつは無所属有権者の票を大量に獲得できる力があることで、無所属有権者が自由に民主党予備選に投票できるオープン・プライマリー(open primary)方式を採用した州(例えばサウスカロライナやバージニア)では、オバマ候補が大量の無所属票を獲得して圧勝しました。このメリットがなかったペンシルバニアの予備選では、民主党の既存の有権者構造がそのまま投票結果に現れたということができます。

 アイルランドやポーランドからの移民が多かったペンシルバニアではカトリック教徒が多く、出口調査ではカトリック系有権者が37%を占めたとの結果がでました。カトリック系有権者の多くは高齢者、白人のブルーカラーというデモグラフィーとオーバーラップしており、今度の予備選ではその70%がクリントン候補に投票しました。

 ペンシルバニア予備選の結果は、クリントン候補が54%対44%で圧勝したオハイオの結果と非常に似ており、オバマ候補が白人プルーカラーの票を充分に取ることが難しいということが再確認されました。ところでこれは、オバマ候補が民主党候補の指名を受けた場合に、11月の本選でも白人ブルーカラー票を充分に取れないのではないか、という民主党内の不安を醸成しています。クリントン陣営がこれを理由に、「オバマは本選では勝てない」と吹聴しており、今後民主党内でしばしば論議の種になるものと思われます。クリントン陣営はスピンが実にうまく、物事をすべてクリントン候補に有利に誇張するので(アメリカの主要報道機関の論調は常にそういうスピンに左右され振り回されている)、それをまともに信じることは危険です。(例えばオバマ候補が指名されたら、白人ブルーカラーの票をとるためにクリントン自身が協力してやればよい訳であって、そうすればこれは本選におけるオバマ候補の問題にはならないはずだ。しかしクリントン陣営は絶対にそういうヒントは与えない。)しかし、白人ブルーカラーの多くは黒人候補に投票することを拒絶しているということは今度の予備選ではっきりしました。オバマ候補が秋の本選でマッケイン候補を圧倒するためには、この困難を克服するための何らかの戦略が必要です。

 ところで2週間後の5月6日のインデイアナとノースカロライナの予備選は、共に無所属有権者の投票が許されるオープン・プライマリーです。

 ノースカロライナは黒人の人口が22%を占め(民主党有権者の40%近く)、そのためにオバマ候補の絶対的優位は動かないはずです。現在までの世論調査ではオバマ候補が15%前後の差をつけてリードをしています。オープン・プライマリーはオバマ候補の優位を更に強める以外の何物でもありません。

 これに対して、インデイアナの予想は、現時点ではどちらとも言えません。世論調査によって、クリントンがオバマを16%もリードしているという結果を出すものがあれば(Survey USA の4月11?13日の世論調査でクリントン55%対オバマ39%)、他方では、オバマがクリントンを5%リードしているという結果を出すもの(LA Times/Bloombergの4月11?14日の調査ではオバマ40%対クリントン35%、Downs Centerの4月14?16日の調査ではオバマ50%対クリントン45%)もあり、予想がばらばらだからです。例えばクリントン候補とオバマ候補がほぼ互角の状態にあると想定した場合、そこで、オープン・プライマリー方式がオバマ候補を有利にします。これまでの多くの予備選と同様に多数の無所属有権者、若年有権者をひきつけることができれば、オバマ候補が既存の民主党票だけにしか頼れないクリントン候補を凌駕するのはそれほど難しいことではないでしょう。

 実際にインデイアナは次の決戦場です。黒人は8.5%とオハイオやペンシルバニアより3?4%少なく、やはり製造業に従事するブルーカラーの白人が多い州です。しかし同州西部は隣州イリノイのテレビを視聴できることからオバマ候補の知名度は高く、地元のような優位さもあります。白人ブルーカラー有権者、労働組合などの票を多く取ることを狙うクリントン候補と、そういうクリントン支持層に食い込もうとするオバマ候補の闘いはこれまでにも増して激しくなるでしょう。

 インデイアナの代議員数は72人、ノースカロライナの代議員数は115人でこれを合計すれば、ペンシルバニアの158人をはるかに上回ります。ペンシルバニア予備選の結果、クリントン候補はオバマ候補より12人多い代議員を獲得しましたが、獲得代議員数差は依然として130人前後あり、1725人前後に達したオバマ候補は指名獲得に必要な2025人まであと300人に迫りました。ペンシルバニアで勝って息を吹き返したように見えるクリントン候補も、5月6日の2つの予備選のうち少なくともインデイアナで勝てなければ、クリントン指名のチャンスはまた遠のきます。インデイアナで勝った場合には、クリントン陣営はこれまで以上にオバマ候補が本選で白人ブルーカラー票を取れないことを吹聴し、民主党候補としての不適格性を批判してくるでしょう。

 クリントン候補からだけでなく、マッケイン候補や共和党保守系の活動家達からの徹底的な攻撃に晒されるようになったオバマ候補のこの2?3週間の選挙キャンペーンには若干の迷いと動揺が見られました。ペンシルバニアの敗北はオバマ候補の前進の一時的停滞に過ぎず、後退の始まりではないということを証明するためには、オバマ候補はノースカロライナとインデイアナの両方で勝たねばなりません。
 
 

WPR 2215 (April 12 - 18, 2008)

1.今週のブッシュ政権

2.大統領選予備選
 

1.今週のブッシュ政権

【本文】
 今週のブッシュ大統領は、ローマ法王ベネデイクト16世をワシントンに迎え(15-16日)、イギリスのゴードン・ブラウン首相の訪問を受け(17日)、韓国の李明博新大統領をキャンプデイビッドで歓迎する(18-19日)など一連の外交をこなし、また16日には環境保護に関する新しいイニシアテイブも発表しました。

 ワシントンポスト/ABCニュースの最新世論調査でブッシュ大統領の支持率は33%と低迷したままであり、今後も上昇する見込みがないため、彼の政策イニシアテイブ、政治努力が評価されることも殆どなくなりました。同世論調査では、今年に入ってからの経済環境の悪化がそのまま反映されて、ブッシュの経済政策に否定的な意見を持つ人々が70%に達し、これまでのイラクに加えて、経済がブッシュ大統領の支持を蝕んでいることがはっきりしました。同調査では経済が悪化していると見る人が90%に達しています。

 そういう制約にもかかわらず、今週のブッシュの仕事はそれぞれが意味のある重要なものでした。

 ローマ法王ベネデイクト16世の法王としての初の米国訪問は、アメリカの6900万人のカトリック教徒が待望したものであり、今週のアメリカのメデイアの話題を浚いました。81歳の高齢でありながら健康そうで声にも張りのあるベネデイクト16世は、英語が堪能であることもあって、アメリカ人に予想以上のアピールする存在となりました。アメリカが世俗文化に洗われてキリスト教的倫理道徳を失うことを懸念し警告しながらも、人々の自由や寛容の精神を守るためのアメリカの大きな力に将来の期待をかけるベネデイクト16世のメッセージは、ブッシュ大統領のものの見方と共通する面が多く、それが、ブッシュ大統領が同法王を前例のないような形で大歓迎し、法王もそれをそのまま受け入れた理由でしょう。

 ベネデイクト16世は法王に選ばれるまでは保守的で厳格な教理主義者として知られ、ビデオに写る印象もそうでしたが、アメリカに来てアメリカ人に語りかける同法王には温厚さと深い人間愛が感じられ、極めて良い印象を与えました。英語が堪能であるばかりでなく、挨拶や説教には頭脳の聡明さが光り、またミサのなかで歌う声にも若々しさがあり、彼が何故78歳の高齢でも法王に選ばれたのかがよくわかりました。ブッシュ大統領がそういう法王にこの上ない親近感を持ったのも理解できました。(筆者の印象も変わった。)

 アメリカのカトリック教会の多くはかつてはアイルランド系移民とその子孫を基盤としてきました。アイルランド系は島国の伝統を引いてやや狭量で、それがアメリカのカトリック教会の狭量さの原因ともなっていたと考えられます。ケネデイ大統領の登場と第2バチカン公会議を境にして、この30年―40年のアメリカのカトリック教会の自由化・開放化も進みましたが、同時にアメリカの世俗文化、頽廃的社会の影響に洗われて、それがカトリック教会内における司教神父の子供の性の搾取の問題などを引き起こしました。また、性の解放の社会にあって、独身を要求されるカトリックの聖職にはなり手が減り、聖職者全体のレベルがかつてと比べて著しく低下したことも否めません。ベネデイクト16世は訪米に先立って、アメリカのカトリック教会内の司教神父の性の搾取に釈明し、それを痛く恥ずかしく思うとの心情を吐露しました。

 最近のカトリック教会の変化は、中南米出身のヒスパニック系カトリック教徒の急増を原因にして起こっています。カトリックの人口が2000年の国勢調査の6500万人からこの8年間に400万人増えた理由の多くもヒスパニック系カトリックの増大です。これが米国のカトリック教会を少しずつ変えつつあります。ベネデイクト16世が主宰した17日の盛大な野外ミサでもそういうヒスパニック系カトリック教徒に配慮して南アメリカの民族歌唱団の聖歌が加えられ、法王の説教の最後の数分もスペイン語で行なわれました。カトリック教会はヒスパニック系が圧倒的に多い違法移民を保護するために色々な支援をしていることも知られています。

 カトリック教徒は米国の人口の23%を占める米国最大の宗教集団であり(2番目に大きい宗教集団は南部バプテイスト教会で、教徒はカトリックの4分の1以下の1500万人)、政治的にも大きな影響力を持っています。妊娠中絶反対、結婚と家族の重視、カトリック系学校を通じた教育への貢献、貧困者に対する慈善活動、違法移民支援などでカトリック教会は中心的な役割を果たし、選挙ではカトリック票を如何に獲得するかが勝敗の鍵のひとつとなります。ちなみに現在上院議員の22?23人、下院議員の147人はカトリックです。

 イギリスのブラウン首相と韓国の李大統領の訪問はローマ法王の訪問の陰に隠れて目立ちませんでしたが、米国の大事な同盟国の新しい指導者のワシントン訪問ということで重要でした。ブレア前首相に比べてブラウン首相とブッシュ大統領との関係が太くないとの見方がありますが、米英関係は指導者の交代にかかわらず最重要の同盟関係であることに変わりはありません。ブラウン首相がブッシュ大統領に加えてマッケイン、オバマ、クリントンの3人の次期大統領候補にも会っているのはそういう米英関係を反映しています。

 李大統領の誕生によって米韓関係が好転することは間違いありません。初めての訪問であるにもかかわらず、ブッシュ大統領が李大統領をキャンプ・デイビッドの山荘に招き、泊りがけの親交を求めることが米国側の期待を表しています。李大統領は米国だけでなく日本とも緊密な関係を築くことを目指しているようなので、米日韓の関係がスムーズになることが期待されます。これが盧前政権のサンシャイン政策に協調してきた米国の北朝鮮政策を修正させるものになるかどうかも注目されるところです。

 最後に16日の環境保護に関するブッシュ大統領の新たな政策イニシアテイブですが、これはホワイトハウスの掛け声に反して、実はこれまでの環境保護政策と大きく変わるものではありませんでした。新しく打ち出したのは2025年までに排気ガスの増大をゼロにするという「目標」だけで、あとはむしろこれまでの政策を再確認するだけでした。2025年の目標達成のためには技術革新に多くの期待をかけること、増税や経済に害ある極端な規制策の実施を排除すること、2025年の目標は他の国々にも働きかけるが目標達成の方途は各国が独自に自主的に決めて努力すればよいこと、中国やインドなど京都議定書がカバーしなかった国も今後例外扱いしないことなどはこれまでもブッシュ政権が主張してきたこととほとんど変わりません。この声明はむしろ、国連が中心になって進めようとしている2012年以後の国際環境保護策の国際協定や、米国の議会(特に上院)が進めようとしている規制色の強い環境保護法案を先取りして、そういう政策や規制が行き過ぎにならないように牽制する意味を持ったもののように見えました。同時に、2025年という目標を掲げているため、米国が環境保護政策に積極的に取り組む用意はあることも同時に示した、うまいPRになっています。規制を全面的に打ち出さずに各国がボランタリーに環境保護政策を推進して長期的な目標を達成するというこのブッシュ政権のアプローチが7月のG?8函館サミットにどう反映されるかが興味深いところです。
 
 
 

WDB 2214 (April 5 - 11, 2008)

1.苦難の続くイラク

2.米国コロンビア自由貿易協定の議会承認棚上げと競争し合うサブプライム・
  ローン問題救済策
 

1.苦難の続くイラク

【本文】
 今週火曜、水曜の2日間、上下両院の軍事・外交各委員会でイラク駐留軍のペトレイアス司令官とクローカー駐イラク大使がおこなった証言を聞いてみて、イラクの情勢は、前回大統領選のあった4年前と基本的には大きな変化がないことがわかりました。4年前は連合統治機構(Coalition Governing Authority)がイラク暫定政府に政権委譲をし、半年後の国民議会総選挙を前にしてイラク人自身が独自に国の統治を始めることが期待されるようになった頃で、駐留米軍が治安の維持で頑張って、その間にイラク人が政治プロセスを進めて国の再建を図ることが期待されていました。そして、一旦イラク政府が誕生し政治を始まれば治安も回復し、いずれは駐留米軍の引き揚げも可能になるだろうというのが、ブッシュ政権だけでなく米国民全体の期待でもありました。それが故に米国民は4年前の大統領選でブッシュ大統領を再選し、ブッシュ大統領に残りの4年間でイラク問題を解決させるチャンスを与えました。ブッシュ大統領が始めたイラク戦争の処理は最後までブッシュ大統領にやらせる方がよいだろうというのが4年前の国民の選択であったと思います。

 それから4年経った今、ブッシュ大統領はイラク問題の解決をできなかったのみならず、14万人の米駐留軍をイラクに残したままホワイトハウスを去ることが確実になりました。しかも、今後のイラクが安定した民主主義国家になるという保証は全くなく、米駐留軍を引き揚げればイラクが再び内戦状態に後戻りするという危険も全く消えていません。ペトレイアス司令官自身がイラクの治安は「壊れやすく、後戻りする可能性もある(fragile and reversible)」と繰り返し証言し、また、「トンネルの先にまだ光は見えない(I can’t see the light in the tunnel.)」とも表現しました。

 4年前と基本的に変わらないというのは、a)大量の米軍が駐留する限りはイラクの治安は一応維持できる、しかし米軍が引き揚げればイラクの治安はどうなるかわからない、という治安の厳しい現実と、b)ブッシュ大統領/政権が相変わらず、米駐留軍が治安を維持するのはイラク政府が息をできる空間を作るためであり、その間にイラク政府は再建に必要な政治プロセスを進めるだろうという期待感を醸成し続けている点です。しかし、米軍が治安維持の責任を持ちイラク政府が政治プロセスを進められる息抜きの空間を作ってもイラク政府は米国の期待に全く応えられないということはこの4年間の経験で明らかになりました。ペトレイアス司令官、クローカー大使の証言やブッシュ大統領のイラク政策にもはや全く説得力がなくなってしまったのはそのためです。4年間進展しなかったことが今後は進展すると言っても、国民がもはや聞く耳を持たなくなっているのは当然のことです。

 ペトレイアス司令官とクローカー大使の証言自体は非常に前向きで、米軍増派が特に治安面で大きな成功を果たしたことを強調するものでしたが、これは当たり前です。この種のプレゼンテーションは、成功した点を大きく膨らませて自分の仕事の成果を披露するのが常識であるのが一点(アメリカ人は小さいころから常にそうするように教えられ訓練されている)。それに加えて、今度の証言の直接の目的は、駐留米軍が今すぐ必要な1080億ドルの補正予算を勝ち取ることにあるので、そのためには成功していることを絶対強調しなければならないことがありました。また駐留軍司令官、大使という限られた権限のなかでは、2人とも確かに可能な限りの成果を挙げていることも間違いないでしょう。上下両院の軍事・外交委員会の委員の一人として、ペトレイアス司令官とクローカー大使の仕事そのものを批判することがなかったことが、2人の仕事が党派を越えて評価されていることの証拠です。問題はこの2人の努力だけではどうしよもないレベルのこと、2人の権限を越えたところでの最も難しい問題が全く解決していないということにあります。

 米軍が引き揚げればイラクの治安はどうなるかわからないという治安の現実を考えると米軍は反永久的にイラクに駐留しなければならないことになりますが、米陸軍の兵士のローテイションに限界が出てきており、今度の公聴会では民主党議員が特にこれに焦点を当ててイラクの駐留に終わりが見えないことを批判するケースが目立ちました。52万人前後の陸軍正規軍のうちの16万人がイラク、2万5千人がアフガニスタンに駐留し続けた場合、米国での休養や再訓練が不十分なまま3回、4回とイラクに派遣される兵士の数はますます増え、兵士の心身の健全を保つことも、家族の負担を癒すことも難しくなります。しかも現在のイラクへの派遣期間は通常の12ヶ月より3ヶ月長い15ヶ月になっています。こういう米陸軍の兵力の逼迫、ローテイションの限界が現実となってきているため、ブッシュ大統領は10日(木)の演説で、今年8月1日以降の派遣期間は12ヶ月に戻し、米国での休養、再訓練期間も今後は12ヶ月間を保証することを発表しました。しかしそうなった場合には、今度はイラク駐留軍の現在の数を維持することが実質的に難しくなり、いずれは駐留軍の数を嫌でも減らさざるを得なくなるものと考えられます。そうなった頃にはブッシュ大統領は既にホワイトハウスを去ってしまっています。

 3週間前に、イラク軍事侵攻5周年を機会にした公共テレビPBSの4時間の長編ドキュメンタリー番組 “Bush’s War”(director: Michael Kirk)が放映され話題になりました。イラクのサダム・フセインにとり付かれたようになって軍事侵攻に邁進したブッシュ大統領、それを煽り続けたチェイニー副大統領とネオコンサーバテイブの側近や論客、フセイン政権打倒後のイラクの混乱を事前に予想することができずイラク再建には最後まで的確な対応をできなかったラムスフェルト国防長官などが説得力をもって浮き彫りにされ、ブッシュのイラク政策はどう考えても大失敗と見なさざるを得ないとの印象を与えるフィルムでした。そういうフィルムを見ながら顧みれば、そもそもアメリカが2001年9月11日テロに見舞われた時、ブッシュ大統領とブッシュ政権全体が過剰に反応し過ぎたという印象はぬぐえず、別のタイプの大統領、特に軍事経験のある大統領や深慮遠謀のタイプの大統領ならばイラクを含めて別の対応を取ったであろうことも想像できました。イラクの失敗は、9月11日テロに対する過剰な反応と深謀遠慮を欠いた軽率な対応にその最初の根があったとも言えそうです。

 そのフィルムと今週のペトレイアス、クローカーの議会証言を重ね合わせると、この2人がどれほどよい仕事をやっても、それはこれまでの失敗を僅かながら修正するに過ぎないものであることがわかり、どうやっても手遅れの感はぬぐえません。イラクがこの5年間で経験してきたことはもはや元に戻すことができず、その傷を癒すこともできません。鎮静剤をうっても傷や病気そのものが治るわけではないのと似ています。(ブッシュ大統領や議会共和党議員、保守系関係者の一部が「イラク増派は大成功」と囃し立てるのは、中長期的観点からすればナンセンスと言わざるを得ない。)

 大統領候補のオバマが「イラクは必要のない戦争だった」と言うのは正しいでしょう。しかしそのオバマとて、実際に大統領になった場合には、イラクの現実に直面して、問題の解決には手を焼くことになるでしょう。

 なお、3月24日、25日に放映されたPBS “Frontline” の “Bush’s War” はPBSのウェブサイトで現在でもそのまま視聴することができます。http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/bushswar 。
 
 

WPR 2213  (March 29 - April 4, 2008)

1.続く経済・金融政策論議

2.民主党予備選結果を無視しようとするヒラリー・クリントン
 

1.続く経済・金融政策論議

【本文】
  議会が2週間の休会を終えて再開されたこともあり、今週は主に議会を舞台にして、経済・金融問題に関する論議が展開されました。

 休会中、地元選挙区の有権者から経済の現状と今後への憂慮を聞かされた議員は、既に立法化した経済刺激策の実施を待つだけでは有権者の心配を払拭できないと見て、特に住宅市場の救済・復活を目指した新たな施策を模索し始めました。まず上院で民主・共和両党のコンセンサスが出来上がりつつあるのは、約150億ドルの予算をつけた住宅市場活性化法案です。課税品目の明細をしない納税者に対する不動産減税(夫婦で千ドル、個人で5百ドル)、地方金融機関のサブプライム・ローン金利書き換えを支援するための総額100億ドルの免税債権の発行、地方自治体が没収不動産を買い上げ・再販するための総額40億ドルの一括補助金、没収不動産購入者への7千ドルの税払い戻し、建設業者の損金算入期間をこれまでの2年から4年に遡って可能にすること(今後10年間で61億ドルかかる見込み)、それにサブプライム・ローンの危険に関する国民教育に1億ドルなど、多数の細かい施策が法案に盛り込まれようとしています。

 議会がここで住宅市場救済に動いたもうひとつの理由に、この3週間に起こったウオールストリートの金融危機と、連銀がベア・スターンズの救済に300億ドルの保証を約束したことがあります。救済は結局清算同然になりましたが、「連銀がひとつの投資銀行の救済に300億ドル出すと言うのなら、アメリカの一般国民の住宅問題救済に政府が金を出すのは当然だ」という議会の空気がそれで広がりました。

 上院は来週にはこの超党派法案を可決すると見られ、下院もそれに順ずる可能性が高いと見られています。ブッシュ政権はこれまでこの種の救済策を実施することに抵抗を続けてきましたが、議会共和党が折れたことにより、ブッシュ大統領が超党派の法案に拒否権を行使することは難しくなりつつあります。

 議会は本会議以外に、委員会でも経済金融問題の論議を続けました。特に水曜(2日)上下両院合同経済委員会がバーナンキ連銀総裁を招いて経済の現状に関する公聴会を開いたのと、木曜(3日)上院銀行住宅都市問題委員会がウオールストリートの危機とベア・スターンズの救済に関する公聴会を開いたのが注目を受けました。

 バーナンキ連銀総裁が2日の公聴会で、米国経済が今年の前半、マイルドな景気後退に入る可能性があることを初めて認めたことは報道機関で大きく報道された通りです。これは第1四半期ばかりでなく第2四半期もマイナス成長のままである可能性を示唆したものと受け取られ、ブッシュ政権が「第2四半期には経済刺激策としての税の払い戻しの効果が出てくるので、経済は再び上向きになる可能性が強い」と言っているのとは一線を画しました。ただ、今年後半には経済は持ち直し、来年は安定した経済成長に入るとの見通しはこれまでのままでした。それは、連銀が既に金利の大幅な引き下げやウオールストリートの危機回避など可能な限りの施策を取ってきているという自負が背景にあるからです。

 3日の上院銀行委員会における公聴会は、午前のパネリストとしてバーナンキ連銀総裁、コックス証券取引委員長、ステイール財務次官(中国訪問中のポールソン長官の代理)、ガイスナーNY連銀総裁の4人、午後のパネリストとしてダイモンJPモーガン・チェイス銀行会頭、シュワルツ ベア・スターンズ会長の2人を招き、3月11日から16日にかけてのベア・スターンズ救済・清算劇とウオールストリートの混乱の実態に関する証言を聞きました。当事者の証言として迫力があり、ベア・スターンズを犠牲にしてもウオールストリートと世界の金融市場を守ろうと果敢に動いた金融当局の強い決意と、市場の信頼を失ったベア・スターンズのあっという間の破綻の様子が浮き彫りにされました。

 連銀が当初ベア・スターンズ救済のために300億ドルの保証をしたことに対しては幾人かの議員から批判が出ました。共和党のバニング議員は「もしべア・スターンズを救済せず、これが破産した場合に、金融市場はどの程度混乱しただろうか」と問い、民主党のリード議員、メメンデス議員などは「公金の300億ドルの担保にされた資産には問題のあるものが多いのではないか」との疑問を呈しました。しかし、「金融市場の世界的混乱を回避するために是非必要な措置だった」というバーナンキやガイスナーの主張は説得力があり、連銀の果敢な行動に対しては、ダッド委員長を初めこれを前向きに評価するコメントが続きました。

 ダッド委員長は、連銀が16日に決定した投資銀行への直接融資(discount window)をその10日前に実施していたらベア・ズターンズの破綻は回避できたのではないか、実際に3月初めの段階でそういう融資が必要ではないかと自分は金融当局に聞いたことがあるが、必要ないとの答えを受けたと論じました。これに対しては、バーナンキ、ガイスナーからの明快な応答はなく、ベア・スターンズをめぐる動きが余りにも急な展開を見せたことが投資銀行への直接融資の道を開くことになったとの答えしか出てきませんでした。

 投資銀行の監視監督権限を持つ証券取引委員会が何故もっと早くベア・スターンズの流動資本逼迫に気づかなかったのかとの批判は繰り返し出されました。コックス委員長は今年1月末の同社の流動資本は80億ドル、3月初めにはそれが120億ドルに増え問題は見えなかった、それが11日一日だけで一挙に20億ドルに激減するという状態で証券取引委員会も対応の仕方がなかったと答えました。ベア・スターンズ問題直後から融資能力を持つ連銀と証券取引委員会との緊密な連携が始まり、当面投資銀行監視・支援の対策は打たれましたが、投資銀行の監督を巡って将来証券取引委員会と連銀との役割の再編が必要であること予想させる議論でした。

 ベア・スターンズのシュワルツ会長は、3月10日までは資産も流動資本も潤沢にあって問題なかったのが11日からは噂が噂を呼び流動資本は一気に20億ドルに激減、14日までには破産の危機に瀕してJPモーガンと連銀の支援を仰がざるを得なくなった、ベア・スターンズの資産状況は問題なかったのに市場の思惑による急激な流動資本の逃避が起こり、それが起こってからは全く打つ手もなかったとの当時の状況を生々しく語りました。連銀からの300億ドルの保証によって当初は会社建て直し・売却に28日間の余裕があると踏んだが、実際には会社売却に2日しかないと連銀から聞かされて、身売り先はJPモーガンしか無くなった、1株2ドルの売却額は交渉によるものではなくJPモーガンと連銀に一方的に突きつけられたものだった、との最後の逼迫した状況も明らかにしました。もし連銀が投資銀行への直接融資の道を10日前に開いていたらベア・スターンズの破綻は回避できたのではないかとのダッド委員長の繰り返しの質問に対しては、今から顧みても実際に起こったこと以外にには対応は考えられなかったとだけ答え、多くを語りませんでした。

 以上のような議会における議論とは別に、ポールソン財務長官は3月31日(月)金融規制当局再編改革のための青写真(Blueprint for a Modernized Financial Regulatory Structure)を発表しました。200ページに及ぶこの改革提案は、財務省が過去1年近く検討してきた金融機関の改革再編案で、この数週間に起こったウオールストリートの混乱そのものに対応するために検討されたものではありません。しかしその中に、連銀の金融市場監視の権限の拡大、証券取引委員会と商品先物取引委員会の合併、住宅ローン監視委員会の創設など、最近の金融市場問題に直接係わる改革提案も多々含まれています。それがために、この段階での発表をおこなったものと思われます。

 しかしこの改革案は全体が複雑すぎ、必要のない再編や改革もかなり含まれ、充分に練られたものとは言いがたいところがあります。例えば、ベア・スターンズの問題をきっかけに必要となったのは、取り敢えずは、連銀が投資銀行への直接融資の道を開くことと投資銀行への監視・監督権限を強めること、したがって証券取引委員会との関係を再考する必要があることぐらいで、現在の連銀や証券取引委員会の存在や仕事全体を変えることではありません。サブプライム・ローンの問題の再発を防ぐために新たな監視機構を創設する必要があるとは考えられず、連銀などが規制のガイドラインを早期に出せば問題再発回避は可能と思われます。この財務省の青写真がそのまま議会で立法化される可能性は殆どなく、特に今年中の立法化はあり得ません。中長期的な金融規制当局の再編案のひとつのたたき台ないし出発点程度のものと考えればよいでしょう。
 
 

WPR 2212 (March 22 - 28, 2008)

1.ウオールストリートの危機と大統領候補

2.ペンシルバニア民主党予備選:オバマ候補が勝つのは難しそう
 

1.ウオールストリートの危機と大統領候補

【本文】
 3月11日から16日にかけてウオールストリートで起こった金融危機の意味は、ブッシュ大統領ばかりでなく、大統領候補のマッケイン候補もクリントン候補もほとんど理解できないことだったようです。それはこの3人の政治家がこの1週間の間に行なった経済政策演説を聴けばよくわかります。

 3人ともサブプライム・ローンの問題が一般消費者の間にジリジリと広がって米国経済を蝕み、米国経済を景気後退に陥らせていることは勿論よく承知しています。従って経済政策というと、サブプライム・ローンの問題を解決し今後同じ問題を繰り返さないためにはどうしたらよいかという観点から、主に米国一般有権者向けの救済策をいろいろ提言してくるのがこれまでのパターンです。

 ブッシュとマッケインは政府は過度の救済の手を差し伸べるべきではないとの考えから限定的な施策を施すだけで、基本的には経済が自然に立ち直るをの待つという立場、それに対してクリントンはサブプライム・ローンを抱えた不動産の没収の90日間の凍結、サブプライム・ローンの金利の5年間の凍結、300億ドルの政府予算を使って没収された不動産の政府一時買い上げと再販をするといった、政府がサブプライム・ローンの問題に全面的に取り組んで解決するという立場を鮮明に出しています。(クリントン候補の提案する施策はサブプライム・ローン問題の解決どころか、逆にそれを著しく長引かせ悪化させるだけの悪い施策であり、よくもこういう政策を出してくるものだと驚かされる。)

 サブプライム・ローンの問題の解決のためにこれらの政策提言を出すということ自体はそれでよいのですが、そういうサブプライム・ローンの問題の中長期的解決策が今ウオールストリートで起こっている金融危機の回避には全く役立たないということ、現在のウオールストリートの金融危機に対応するためは当面それをサブプライム・ローンの問題から切り離して考えなければならないこと、現在の金融危機にうまく対応できなければ大恐慌が起こりかねない事態にある、といったことには、この3人の政治家は充分に理解が及ばない感じでした。3人とも金融市場には明るくない政治家であるとは言いながら、こういう政治家が米国政治の頂点にある状態では、「もし連銀や財務省など金融当局がしっかりしていなかったなら現在の危機は大変なことになっていたかも知れない」と背筋が寒くなる思いでした。

 バーナンキ連銀総裁、ゲイスナー ニューヨーク連銀総裁、ポールソン財務長官など金融に明るい当局者が幸い危機発生の危険に気づいて一気に思い切った施策を実行したことで、ウオールストリート全体の破綻という最悪の事態は回避できました。しかしこの歴史的な出来事の意味を理解したアメリカ人は金融関係者以外にはあまりいなかったはずです。ブッシュもマッケインもクリントンもそういうことを理解できなかった人々の中に入っているのではないかと思います。連銀が75年の慣例を破って、投資銀行に直接融資の道を開いたことにより、恐らく今後は、ベア・スターンズのような大投資銀行破綻のケースの再発は回避できるでしょう。

 ところで、もうひとりの大統領候補バラク・オバマはどうかというと、彼だけは、この10日間にウオールストリートで起こった出来事が、サブプライム・ローン問題の救済とは次元の違うウオールストリートという金融市場の危機の問題であり、その対応のためには今度の連銀の介入のような緊急施策が必要だったということをそれなりに理解したことが伺えます。それは、彼が27日(木)ニューヨークで行なった経済演説が明らかにしました。

 オバマ候補も27日の演説を行なう前までは、経済問題と言えばサブプライム・ローン問題、経済政策と言えばサブプライム・ローン被害者の救済や貧困者の経済支援などが殆どで、クリントン候補と大した違いはありませんでした。救済のために出す国家予算の額の大きさをクリントン候補と競い合う形でした。そこで27日の演説もこれまでと同じようなレベルで終わるのではないかとの疑いを持って筆者も彼の演説を待ちました。

 ところが演説が始まってみると、彼のウオールストリートの危機に関する理解は意外にもかなり正確で、1999年のグラスステイーガル法の廃止後の金融市場の複雑な発展に政策当局の監視や規制が追いつかず今回の危機が起こる土壌を作ったと論じ、今後同じようなウオールストリートの危機を引き起こさないためには金融当局の刷新が必要で、監視機能の強化・効率化、特に商業銀行以外の金融機関の仕事の監視の強化、不正な金融の摘発強化、金融危機の予知を可能にするための体制作りなどが必要であるとの改革提案をしました。今度連銀がベア・スターンズの救済を試みたり、投資銀行への直接融資に踏み切ったりしたことには直接言及せず、その評価もありませんでしたが、少なくとも今度の危機が、サブプライム・ローン被害者救済とは全く別の次元の問題で、これには独自の対応策が必要だということは認識している内容でした。演説の最後の方では再び、これまで主張してきたようなミドルクラスや低所得者への経済援助策、医療保険制度改革、環境関連産業の雇用創出、米国のインフラへの再投資、大学授業料支払いへの国家支援、ブロードバンドの振興拡大、科学研究振興などの聞きなれた政策論議に戻りました。それでも演説全体の5分の4が金融市場の問題に費やされたことは特筆に価します。

 オバマ候補の経済政策顧問の一人であるシカゴ大学のオースタン・グールスビー(Austan Goolsbee)教授がたまたまその前日のワシントンポストに、次の大統領の経済政策(表題は”The Next President’s Plan…”)として、クリントン候補の経済顧問ジーン・スパーリング(Gene Sperling)、マッケイン候補の経済顧問ダグラス・ホルツエイキン(Douglas Holtz-Eakin)と競う形で、オバマ候補の経済政策を解説する小論を載せました。その内容は、スパーリング、ホルツエイキンと同じようにサブプライム・ローン問題の救済を柱にした一般のアメリカ人への経済支援を中心としたもので、現在のウオールストリートの危機には全く言及がありません。こういう人がオバマ候補の経済顧問では、現在のウオールストリートの危機はわからないだろうと考えていたところでした。それに対してオバマのニューヨークの演説は、ウオールストリートの問題を直論した思いがけずよい内容でした。オバマ候補がどういう形でウオールストリートの危機を勉強したのか、誰かそれに手を貸す側近がいたのかどうかはよくわかりません。しかし、現時点の理解に若干不十分さがあっても、オバマのこういう頭脳の柔軟性、聡明性があればいずれはよりよく理解し、良い政策も出してくる可能性があるとの期待を持たせました。

 オバマ候補は先週、ライト牧師と人種問題に関する演説、イラクを中心とした外交政策の演説の両方で良い評価のできる演説をしたことをこのリポートにも書きました。今週の経済・金融政策に関する演説でも、オバマ候補は他の2人の候補とは別のレベルにあることがわかりました。

 オバマ候補の演説の前日26日(水)には、たまたまポールソン財務長官が米国商業会議所で今度の金融危機と財務省の対応に関する演説を行ないました。ベア・スターンズの破綻を契機にしたウオールストリートの危機に対して連銀がとった施策の意味を説明し、連銀が投資銀行に直接融資の道を開いた限り連銀には今後投資銀行を監視する権利と責任と義務があること、そのために連銀は投資銀行の監視権限を持っている証券取引委員会と密接な協力をする必要があり、連銀のそういう動きをしたこと支持すること、住宅価格の市場における修正は避けて通ることはできず住宅価格が安定するまでは現在の問題は解消しないこと、サブプライム・ローンは米国の既存ローンの6%程度であるが、数にすると700万件のローンになり、当分はこの問題は解消せず金融機関による不動産没収も更に増えること、政府系金融機関のサブプライム・ローンの引き受け枠を飛躍的に拡大するための立法化が必要であることなどを系統だてて説明する纏まった内容の演説でした。

 オバマ候補がこのポールソン財務長官の演説を勉強した可能性があることは、政策がオーバーラップしているところから推測できます。金融危機の対応策には極端な党派性があってはならないので、オバマ候補が連銀や財務省の当面の対応を前向きに評価しているのは正解です。「金融危機への対応のために、アラン・グリーンスパン前連銀総裁とロバート・ルービン元財務長官とポール・ボルカー元連銀総裁の3人を緊急に集めて施策を練らせたい」と聞こえだけのよい提案をしているクリントン候補よりはオバマ候補の方に余程好感が持てます。グリーンスパンはサブプライム・ローン問題を放置した連銀総裁であり、ルービンはシテイ・グループでサムプライム・ローンを果敢に売買した人物であるので、クリントンのそういう無責任で無茶苦茶な発言にはいつもながら恐れ入ります。

(オバマ候補の演説全文は http://thepage.time.com/full-remarks-of-obamas-economic-speech-in-new-york-city/ 、ポールソン財務長官の演説全文はhttp://www.treasury.gov/press/releases/hp887.htm  をご覧ください。)
 
 

WPR. 2211 (March 15 - 22, 2008)

1.投資銀行救済に乗り出した連銀

2.バラク・オバマの2つの演説にみる大統領候補としての資質

3.イラク侵攻5周年:「派遣任務未だ完遂せず」
 

1.投資銀行救済に乗り出した連銀

【本文】
 ウオールストリート第5位の投資銀行・証券ブローカー、ベア・スターンズが破産した場合の金融市場全体への衝撃を恐れた連銀は、先週木曜夜から財務省、JPモルガン・チェイス銀行と組んで急遽その救済に乗り出し、金曜、JPモーガンと協力してベア・スターンズに資金を供与することを決定、日曜夜までにはJPモーガンによるベア・スターンズ買収を成立させました。同時にベア・スターンズの予想される不良債権の請け負いに300億ドルの連銀の資金を引き当てることも約束、更には、これまでは商業銀行のみを対象におこなっていた連銀の直接の資金供与を商業銀行銀行以外の投資銀行/証券ブローカーにもおこない、そのための公定歩合を3.5%から3.25%に引き下げるというという決定までおこないました。

 昨年1月には1株170ドルの最高値を記録し1年前には1株145ドルだったベア・スターンズの株価は先週木曜に47ドル、金曜には30ドルと暴落した後、JPモーガンが買収に払うことを約束した金は1株2ドルの紙屑同然となり、85年の歴史を誇ったベア・スターンズはあっという間に崩壊しました。1株2ドルの売却総額は2億3600万ドルにしかならず、昨年1月時点の株価総資産額200億ドルとは比較にならないのは勿論のこと、マンハッタンの本社ビルの推定資産価格15億ドルにも程遠いもので、不動産をバックにした証券取引を得意としていた同社の財務状況が如何に深刻なものとなっていたかが想像されます。当初「救済」であったはずのこの買収は、実際には破産同然の「清算」となりました。ベア・スターンズを二束三文のバーゲン価格で買収し、しかも連銀の不良債権引き受けを取り付けたジェイムス・ダイモン会長率いるJPモーガンだけはこの一連の動きの勝者となりましたが、そのJPモーガンとて、自ら望んでベア・スターンズを買い取った訳ではないでしょう。将来高収益の期待できる一部の業務部門を除いては、いずれはベア・スターンズの多くの部門は清算ないし売却されるものと見られます。

 ベア・スターンズの救済・清算劇は、連銀がこれまで手をつけることのなかった投資銀行・証券ブローカーの救済に初めて乗り出したという点で重要な意味を持っています。これまで連銀は、商業銀行の救済には積極的でした(例えば1984年のコンテイネンタル・イリノイ銀行の救済)。それは、商業銀行の破綻は金融市場を動揺させるばかりでなく、多数の預金者に直接被害を与えるからです。連銀は商業銀行の救済をする分だけ、商業銀行の監視や規制にも熱心でした。それに比して投資銀行・証券ブローカーには預金者がなく、その業務はもともとリスクを伴った証券のブローケッジで、それが破綻に瀕しても連銀が救済に乗り出すということはありませんでした。同時にその分だけ、投資銀行・証券ブローカーは商業銀行のように連銀の厳しい監視を受けるということもありませんでした。

 1935年成立したグラス・ステイーガル法が長らくこの商業銀行と証券会社との間の垣根をはっきりさせていたために、連銀の対応の違いもはっきりしていました。ところが1999年にこのグラス・ステイーガル法が廃止され垣根が撤廃されてからは、商業銀行と投資銀行/証券会社の合併や買収が相次ぎ、両者の業務は次第に識別が難しくなり、従って連銀が商業銀行だけにしか救済の手を差し伸べないという制約の根拠も薄くなっていたという背景があります。

 しかしそれにしても、一般消費者・預金者への被害のない投資銀行・証券ブローカーの危機に直面して、その破綻が金融市場に与える悪影響が大き過ぎるという理由だけでその救済に乗り出すというのは、連銀としてはこれまでにない大きな決断であるに違いありませんでした。

 ベア・スターンズの救済と同時に、日曜に連銀が決めた投資銀行・証券ブローカー(20社のプライマリー・デイラー)に対して連銀が直接資金を貸し付けるという新しい政策も極めて重要です。貸し付け金利(公定歩合)を0.25%引き下げたばかりでなく、貸し付け期間をこれまでの30日間から3倍の90日間に延長、不動産をバックにした証券を抵当にすることも認めるという非常に気前の良い破格の条件つきでした。当面6ヶ月間この施策を続けると約束しています。この施策が施行された月曜以来木曜までに、多数のプライマリー・デイーラーが毎日平均で総額134億ドルを実際に借り、水曜には1日だけで288億ドルの借入額に達したとのことであり、プライマリー・デイラーがこれを即座に積極的に利用したことがわかります。同時に、現在の投資銀行・証券ブローカーが資金繰りに苦労していることを裏付ける動きでもあります。

 ウオールストリートは連銀のこれらの決定、並びに火曜(18日)のフェデラル・ファンド・レートの0.75%の追加引き下げ(FFレートは2.25%になった)を歓迎し、ベア・スターンズの破綻で心配された株価暴落はとりあえずは回避されました。少なくとも短期的には連銀の一連の緊急施策・対応策は、当初の目標を達しているということはできるでしょう。しかし中長期的に今度の施策がウオールストリートの動揺を鎮め、住宅市場・ローン市場を回復させ、景気後退を浅いもので済まし、経済を再び上向きにすることができるかどうかは今後を見てゆかねばなりません。

 昨年8月以来連銀は、金利引き下げでも、金融市場への資金注入でも相当に果敢な行動をしてきました。その度に下がりかけた株価は一時的に上昇し、危機は回避されたとの印象を与えましたが、その実、金融市場の不安はこれまでのところ全く解消されておらず、株価は半年前より大きく下落し、住宅市場の回復の兆しは全く見えず、景気後退を回避できそうにもありません。例えば、連銀が金融市場への資金注入や投資銀行・証券ブローカーの救済などを行なわなかった場合と比べて、連銀の施策にどれだけのメリットがあったのかは、今後議論がなされてもよいことです。今度のベア・スターンズの救済の試み、投資銀行・証券ブローカー救済策の実施は潜在的には「モーラル・ハザード」を引き起こす危険を秘めており、これも懸念されます。

 金利引き下げや連銀の金融市場への資金注入はイージー・マネーを大きく増やすということであり、これは不可避的に、為替市場におけるドルの価値の下落に加速的圧力をかけることになります。ドルの下落は外国資本の米国離れを引き起こし、これが米国の金融市場の資金逼迫の悪化に少なからぬ影響を与えていることが考えられます。連銀の行動は民間金融市場の資金逼迫を和らげるためにおこなわれているはずですが、それで加速するドル安が実は金融市場の資金逼迫をむしろ更に悪化させている可能性がある訳で、このあたりは連銀の現在の行動そのものに疑問符が付される理由でもあります。そういう意味では連銀の一連の施策はひとつの「実験的施策」になっていると考えてもよいでしょう。(ドルの下落は米国にとっての紛れも無きマイナスであるが、日本が円高を過渡に懸念するのは理解に苦しむ。輸出比率の高い企業の収益が一時的に減るだけであり、長期的に見て円高のメリットはデメリットより大きい。強い円は日本の国益である。)

 政治的には、政府当局は現在の金融危機を黙って見ている訳にはゆかないので、連銀の施策は多分に「政治的な施策」でもあります。政治の圧力がなく、純粋に経済・金融理論だけから現在の危機を直視した場合に、連銀が果たしてベア・スターンズの救済に踏み切るべきであったかどうか、投資銀行・証券ブローカーの救済に乗り出すべきであったかどうかは、議論の余地のあるところです。

 連銀を側面から支援しているポールソン財務長官が長年ウオールストリートにいて金融市場によく通じているということはひとつの救いです。前任のスノウ財務長官は金融市場を知らない人で、今から顧みれば、金融機関がサブプライム・ローンを乱売し、ウオールストリートの証券ブローカーがそれを証券化して世界の金融市場に売りさばくような仕事を規制当局が野放しにしていた責任の一端はスノウ長官にあったかと思います。勿論同様に、2006年1月まで連銀総裁としてサブプライム・ローン貸付拡大を目撃しながら、「心配はいらない」と繰り返し議会証言していたグリーンスパンにも大きな責任がありました。そのグリーンスパンは今でも自己の責任を認めようとはせず、「金融市場の動揺は住宅価格が安定するまでは続く」と開き直っています(17日のファイナンシャルタイムズ寄稿)。

 ブッシュ大統領もウオールストリートとは無縁の政治家であり、今度の金融危機には対応の仕方がないという感じです。連銀のベア・スターン救済が試みられた先週金曜のニューヨークの経済クラブでの経済演説はこれ以下はないというみすぼらしい、失望させられる内容でした。先週のリポートで示唆したようなドルに関する言及もゼロでした。まだ1?2年は続くと見られる現在の金融危機を乗り切るためにはワシントンの政治の新しいリーダーシップが必要だと強く感じられる所以です。
 
 

WPR 2210  (March 8 - 14, 2008)

1.大統領選民主党指名争い

2.イリノイ第14選挙区下院補欠選挙の結果と共和党への凶兆

3.続く資本市場の動揺と連銀の対応
 

2.イリノイ第14選挙区下院補欠選挙の結果と共和党への凶兆

【本文】
 昨年末で下院議員を退任したデニス・ハスタート前下院議長(共和党)の空席を埋める、イリノイ州第14選挙区で先週土曜行なわれた下院補欠選挙で、民主党のビル・フォスター候補が53%対47%の得票差で共和党のジム・オーバーワイス候補を破って当選しました。シカゴの西端から西に長く伸びる同選挙区は、過去20年近くハスタート議員が殆ど相手候補無しで連続当選し、2004年大統領選ではブッシュがケリーを55対44%、2000年大統領選でもブッシュがゴアを554対42%で破った、共和党が強い有権者基盤を持つ選挙区です。ビル・フォスター候補が医者の前歴を持つ良い候補だったとは言え、共和党候補が有利でなければならないはずの同選挙区で共和党候補が敗れたのは、今年秋の大統領選や連邦議会選挙で共和党が破れることを予告する共和党への凶兆であると見なされています。

 下院は現在232議席対203議席で民主党が多数党の地位にあります。前回2006年の中間選挙で約30人の共和党現職議員が敗れて民主党が12年ぶりに多数党に返り咲きました。この30の新しい民主党議席は今度の選挙では民主党が共和党のテイク・オーバーから守らなければならない接戦の予想される議席です。しかし今度のハスタート議席の民主党のテイク・オーバーは、2006年の民主党優位の傾向が現在もそのまま続いており、共和党がテイク・オーバーすることが概して難しい状況にあることを告げたものと見られています。他方2006年の選挙では、危ないと言われながら共和党現職が守った議席が23ありました。今度の選挙の傾向が2006年と変わっていないとすると、これら23の共和党議席は今回も危うい議席と考えることができ、共和党は下手をするとこれらの相当数を失って、民主党との議席数の差が更に広がる危険があります。それに加えて、既に25人を超える共和党現職下院議員が今期限りでの退任を表明しており、共和党が失う可能性のある議席はいや増すことになります。

 連邦上院議員の改選は今年は、任期途中の現職議員の死などでの州知事に任命された議員の臨時選挙も含めて35議席あり、そのうちの23議席が共和党、12議席が民主党です。共和党の23改選議席のうち現職が引退する議席が5、州知事に任命された議員が2あり、加えて、元々民主党の強い州で僅差で当選した共和党議員が3人おり、従って計10人の共和党議席は民主党に奪われかねない危うい議席であると見なされます。他方、民主党の方でやや危ないと見られているのはルイジアナのランドリュー議員程度です。もし共和党がそれらの危ない議席の多くを失った場合には、民主党の議席数は60議席に近づく可能性があります。この60議席というのは、野党(共和党)の採決阻止の議事妨害を不可能にする「黄金数」であり、これが実現し、大統領も下院もすべて民主党の天下となった場合には、民主党は文字通り何でもおこないどんな法案でも通すことが可能になってしまいます。共和党は上院で民主党が60議席に達することを何としても阻止しなければならない状態にある訳ですが、イリノイ第14選挙区下院補欠選挙の結果は、共和党に悪い兆しを告げるものでした。

 最後に大統領選ですが、筆者は大統領選の行方を聞かれた場合には必ず、「もし来年今頃マッケイン大統領が誕生していたら、自分は凄く驚くだろう。もしオバマ候補がクリントン候補に指名を盗まれることがないなら、来年の今頃にはオバマ大統領が誕生していてもおかしくはない(I’ll be very very surprised if President McCain resides in the White House next spring.  Unless Democratic nomination is stolen by Hillary Clinton, we shall probably see President Obama.)」と答えることにしています。

 これまでにも幾度か指摘した通り、今年の予備選・党員集会では絶対投票数で民主党票は共和党票より5割以上も多く(民主党票60%対共和党票40%。マッケイン指名が確実になった2月12日以降の予備選の民主党・共和党の投票数は比較にならないので含めていない)、この傾向が秋の本選まで続いた場合には、マッケイン候補は逆立ちをしても勝つことは不可能です。選挙が近づけば差は必ず縮まり、また本選の勝敗は州ごとの選挙人獲得数の集計で決まりますが、民主党候補の圧倒的な勢いを止めることは難しいでしょう。それに加えて、マッケイン候補に対する共和党有権者の支持には民主党のような熱狂がなく、ぬるま湯のような温かさ(lukewarm)しかないことは大きな問題です。共和党の核をなす保守系有権者の厚い支持なくして大統領選に勝てるだけの票を獲得することは常識では考えられないことです。

 更には今年の経済は、如何なる共和党大統領候補にとっても最悪の状況です。不景気の年に行なわれる大統領選で現職ないし現職と同じ党の候補が勝つというのは、これも常識ではあり得ないことです。もうひとつ、イラクの情勢も、秋になってどうなるかわかったものではありません。イラクの状況好転の幸運に乗って支持を高めて指名にこぎつけたマッケイン候補の命運は、秋の本選でもその多くがイラクの状況に左右されることになるでしょう。秋の本選を取り巻くこれらの逆境を考えた時、マッケイン候補にはいったい勝利をもたらせられるような方途がひとつでもあるのだろうか、と首を傾げざるを得なくなります。イリノイ第14選挙区の結果はそういう意味でも共和党にとっての凶兆でした。
 
 

Vol. 22, No. 09 (March 1 - 7, 2008)

1.3月4日:ヒラリー・クリントンは如何にして大勝したか

2.内憂外患のアメリカ
 

1.3月4日:ヒラリー・クリントンは如何にして大勝したか

【本文】
 3月4日のテキサス、オハイオ、ロードアイランド、バーモントの民主党予備選で、バーモントを除いてヒラリー・クリントン候補が大勝した原因を探ると、テキサスではヒスパニック系有権者と白人女性有権者の圧倒的な支持を受けたこと、オハイオでは男女を含めて大学教育のない白人ブルー・カラー有権者の圧倒的な支持を受けたことが決定的な役割を果たしたことがわかります。

 テキサスでオバマ候補はヒスパニック系の若い世代にかなり食い込んだのではないかと想像されていましたが、全体として63%対35%の比率でヒスパニック票はクリントンに流れました。テキサスの人口の32%がヒスパニックで、しかもその70%かたは民主党予備選の方に投票したと考えられるので、この得票差は重要でした。白人女性票が59%対40%でクリントンに圧倒的に大きく流れたことも特筆できます。投票数全体を男女で分けるとテキサスでは男性票43%に対して女性票57%と圧倒的に女性が多く、その女性票を6対4で取ったクリントンが勝ったのは当然でした。ヒスパニックも白人女性も多くクリントンに投じた背後には、これらの有権者グループの中に隠された、語られない黒人嫌悪があったとしてもおかしくはありません。オバマは黒人票の85%を取りましたが、テキサスの黒人の人口比率は12%に過ぎないので、ヒスパニック票と女性票の負を埋め合わせるにはとても足りませんでした。最終得票率はクリントン51%(145万票)、オバマ48%(135万票)で3%、約10万票の差でしたが、直前までオバマが2?3%のリードをしていると予想する世論調査が多かったので、それを覆されたオバマ候補の大敗であり、クリントン候補の大勝です。

 中西部の工業州オハイオの結果はテキサス以上に人種が得票に影響したように見えます。出口調査(exit poll)で白人票の61%はクリントンに流れ、白人でオバマに投票したのは38%に留まりました。オバマはここでも黒人票の89%を獲得しましたが、民主党票における黒人有権者の比率が19%で、白人が75%という同州の予備選では、白人票を6対4以上の割で多く獲得したクリントンに圧倒されることになりました。白人を男女別に分けても、男性は55%対44%、女性は66%対34%でクリントンが圧倒しており、白人有権者の多くがクリントンに投票したことがはっきりしています。オハイオの有権者のもうひとつの特色は大学教育を持たないブルー・カラーの有権者が非常に多いことですが、特に白人ブルー・カラーを見ると、大学教育を持たない白人ブルー・カラーの69%はクリントンに投票、オバマに投票したには31%に過ぎなかったとの結果が出ています。他方大学教育を持った人々の間ではクリントン50%、オバマ49%でほとんど差がありません。教育のない白人のブルー・カラーが本能的に黒人を嫌うことはよく知られていますが、オハイオの予備選ではこれがまともに現れた感じがあります。最後の得票結果のクリントン54%(120万票)対オバマ44%(98万票)の票差10%(22万票)は予想されていたより2倍大きく、この結果もクリントンの大勝であり、オバマの完敗でした。

 オハイオでもテキサスでも有権者が最も大きく関心を持ったイシューは経済でした。オハイオでは58%が経済を最大のイシューとして挙げ、テキサスでは49%が経済をあげました。アメリカのテレビの解説者はそれを根拠に、北米自由貿易合意(NAFTA)の改正などを約束したクリントンが評価されたといった解説をしましたが、それは正しくはありません。オハイオの出口調査では、経済が最も大事と答えた有権者の52%がクリントンに投票、47%がオバマに投票、テキサスの同じ出口調査では49%がクリントン、50%がオバマに投票、両者に際立った差はなく、これが勝敗の鍵になった形跡はありません。イラクからの米軍早期引き揚げや国民皆保険制度導入といった、他の関心の大きな政策分野でもはっきりした投票傾向は現れませんでした。アメリカの選挙専門家の意見に反して、政策は投票パターンの大きな要素ではなかったことがわかります。

 クリントン候補/陣営は今度は、サウスカロライナの時とは異なって、あからさまな人種カードを切ることはありませんでしたが、教育程度の高くない白人ブルー・カラーやヒスパニックが本能的に黒人を嫌う有権者グループであることをよく知った上で、白人ブルー・カラーとヒスパニックの有権者にうまくつけ入る選挙を展開したということができます。特に最後の数日の選挙運動ではクリントンはこの有権者層に焦点を絞って、オバマに大統領になる資格が欠けていることを徹底的に訴えた感があり、それが見事に奏功しました。こういう巧妙さがあるために、クリントン夫妻とその取り巻きの力を侮ることは絶対に禁物です。

 クリントン候補はユダヤ票をオバマから自分にひきつけるためにも同じような巧妙な手段を用いました。反ユダヤ主義をあからさまに主張するネイション・オブ・イスラムの総司ルイス・ファラカーンがオバマ候補支持を表明したことに焦点を当てて、オバマがファラカーンの反ユダヤ主義を「糾弾」しながらもファラカーンの支持を「拒絶しない」ことを執拗に批判したことがそれです。ユダヤ人票の多くをオバマから引き離してクリントンに投票させるためには、オバマが反ユダヤ主義で知られるファラカーンの支持を拒絶することを拒んでいるのを明らかするだけで充分です。だからクリントン候補はオハイオの最後の討論会でオバマのこの問題を徹底的に追及しました。オハイオにはクリーブランドとシンシナチを中心に10万人余りのユダヤ人口があり、テキサスにもダラスとヒューストンを中心に10万人近くのユダヤ人口があります。ユダヤ系有権者の8割かたは民主党予備選に投票したと考えられます。ユダヤ票はオハイオとテキサスの結果を決めるような大きさではありませんでしたが、その多くがクリントンに流れたことはクリントンの勝利を確実にするひとつの要因でした。

 オハイオとテキサスで負けてもクリントンは簡単には引き下がらないというのが筆者が繰り返し書いてきたことですが、この2州の予備選で完勝したことにより、クリントンは今後予備選の最後まで引き下がることのないことは誰の目にも明らかになったはずです。アメリカの有権者の多くが未だにクリントンのような古いタイプの、極めて党派的な政治へのアプローチをする政治家を積極的に評価すること、アメリカが未だ「クリントン・カントリー」であることを示す結果でもありました。これが、教育のある知識人の常識ではなかなか理解することのできない現代アメリカのひとつの姿です。

 クリントン候補は4日の3州の予備選に勝っても、代議員獲得数ではオバマ候補との差を縮めたのは僅か18人程度に過ぎません。クリントン候補がこれでひとまず達成したのは、オバマの指名は未だ決して必然的でも不可避的でもないということを示し、自分の指名への命をつないだことです。しかし、クリントンが指名に必要な2025人の代議員を獲得するためには、残った12の予備選・党員集会で振り当てられる740人の代議員のうちの450人ぐらい(約61%)を獲得することが必要で(まだ支持を表明していない375人の特別代議員がクリントンとオバマに半々に割れた場合)、残された予備選の日程を見るとクリントン候補にとってそれはそう容易なことではありません。他方、獲得代議員総数で依然として100人前後のリードを保っているオバマ候補にとっても、2025人の代議員数に到達することはそう簡単なことではなく、残りの740人の代議員のうちの375人ぐらい(約51%)を獲得しなければなりません(上記同様、残りの特別代議員が半々に割れた場合)。

 依然として劣勢にあるクリントン候補がオバマ候補のリードをひっくり返すためにおこなう工作は、以前にも指摘した通り、a)フロリダとミシガンの蒸し返しと、b) まだ態度を決していない約375人の特別代議員(super delegates)への執拗で徹底したロビイングです。オバマ候補との獲得代議員の差が100人程度なら、こういう工作によってリードをひっくり返すことはクリントンをもってすればそれほど難しくはないでしょう。フロリダは民主党全国委員会の制裁を受けなければ、本来なら210人の代議員を持っていたはずの大州であり、ミシガンも158人の代議員を持ったはずの大州です。宙に浮いたままになっている合計で368人の代議員は不気味な存在と言わねばなりません。ルールを変えてでも代議員の獲得に動こうとするクリントン陣営と、それを拒んであくまでも予備選・党員集会の結果で勝負をつけようとするオバマ陣営との争いはこれからますます激しくなる一方でしょう。

 「野心と執念に燃えた、勝つためには手段を選ばないクリントンを相手にして選挙を闘う場合には、オバマは、誰もが納得せざるを得ないようなはっきりした代議員数の差をつけなければならない」と以前に書きました。しかし3月4日の大事な予備選でクリントンを一気にノックアウトすることができなかったばかりか、逆にクリントンの生き返りをゆるしてしまったオバマは、これからは苦労します。4日の予備選でクリントン陣営の巧妙なネガテイブ・キャンペーンに弱さを露呈したオバマ候補は、これから、クリントン陣営にひっくり返される危険を常に抱えながら予備選・党員集会を闘いつづけなければなりません。

 オハイオとテキサスの予備選前の1週間は、クリントン候補に追いついたかに見えたオバマ候補には若干の油断があったとの印象があり、クリントン候補の巧妙なネガテイブ・キャンペンに効果的な反撃をすることを怠った感があります。これまではクリントン陣営が汚い手段を使っても、それに正面から反論しなくても予備選・党員集会を勝ち抜けたのが、オハイオ、テキサスではクリントン陣営にしてやられました。クリントン陣営が今後ますます執拗な追い上げをすることを考えると、オバマ候補/陣営は、今後は、クリントンに負けないネガテイブ・キャンペーンの導入も含めて、これまでとは違った鋭い選挙戦術が必要になってくることでしょう。それができないと、オバマは本当にクリントンにつかまり、逆転される危険が出て来ました。
 
 

WPR 2208 (February 23 - 29, 2008)

1.3月4日の4州予備選とその後

2.ブッシュ大統領記者会見

3.オバマの選挙のスタイルとサブスタンス
 

3.オバマの選挙のスタイルとサブスタンス

【本文】
 バラク・オバマが人を引きつけインスピレーションを与える優れた演説家であることは、4年前の民主党全国大会の基調演説者として登場した時から誰もが認め、今年の予備選でここまで伸びてきたのもこの能力とカリスマ性のお陰であるということは多くの人が指摘しています。しかし、民主党指名候補の最有力にのし上がった最近は、このオバマの演説のスタイルや内容が、聞こえが良いだけの、空虚な実質のない言い回しに過ぎないという批判もクリントン陣営と共和党関係者の両方から高まってきました。特に、彼が最近少しずつ発表し始めた具体的な政策提案は、その多くが従来の民主党の典型的な社会福祉型の予算浪費と増税の政策に過ぎないという批判や、外交軍事政策は全く経験に裏付けられていないナイーブなものだという批判が毎日のように聞かれるようになっています。特にクリントン候補は、オバマが言葉だけで、経験や実質に欠けている政治家であることを指摘することに選挙の活路を求めて、この1?2週間の遊説はそれだけに集中しています。

 共和党の指名を確実にしたマッケイン候補の同様のオバマ批判も多くなっています。共和党のオピニオン・リーダーも同じことで、秋の本選でマッケインがオバマに勝つためにはオバマの経験不足を徹底的に明らかにし、オバマが言葉だけの政治家であるとのイメージを作り上げることが最善の選挙戦略であるかの如き議論になっています。

 しかし、こうしたオバマへのアプローチは実は極めて危険な落とし穴であり、オバマを当選させる誘因になりかねないという警告も出てきました。それは、故レーガン大統領の選挙スタイルを熟知した共和党保守系の関係者から出てきています。

 映画俳優上がりの故レーガン大統領が1980年の選挙に登場した時に、まさに同じ批判が民主党からも共和党からも出てきたと言い、レーガンは演説がうまいだけの、人を気持ちよくさせるだけの政治家で、政策やサブスタンスなどはないといって軽んじられた。ところが選挙が終わってみると、レーガンは44州で勝ち538人の選挙人のうちの489人を獲得する地滑り的勝利を収め、しかもその後の8年間はアメリカと世界の歴史を変える保守的大統領として大成功した。オバマにも同じようなところがある、というのがその警告です。

 オバマがレーガンのキャンペーン・スタイルや演説のレトリックに多くを学んでいることは既に気づくことですが、大事なのは、これまでの予備選で “change” とか “unify” とか “hope” とか “We can” とかわかりやすいシンボリックな言葉で訴えてきたのはあくまでも選挙戦略であって、それは彼が政策に暗いからとか具体的な事象に明るくないからでは決してないらしいということです。それは討論会やタウン・ミーテイングにおける彼の答弁が、概して考え抜かれた、理屈の通ったコモンセンスのあるものであることが多く、またテレビ・インタビューなどでもしばしば巧妙な受け答えをしていることからもわかります。また、彼の政策は基本的には民主党の伝統的な政府の力に頼った政策であっても、それは決して人からの受け売りではなく自分の頭でよく練られたものであることが多く、ま