"米国ワシントン政治の専門サイト"
www.wir.us
1.関連サイト御案内
(1)米国の政治・政策、ビジネス、世界の最新の動き、リーデイング・オピニオンに関しては既に多数の優れたサイトが存在します。その中でも特別に厳選したサイトを目的に合わせて編成しクリックひとつで行けるようにしたのが当社の所有・運営管理する www.opinionamerica.com です。政治、経済、ビジネス、外交などの分野で米国と世界の代表的なニュースサイト、新聞、メデイアを網羅しているばかりでなく、米国連邦政府・議会・裁判所、全米50州の州政府のすべてのサイトにリンクしており、米国政府関連資料、プレス・レリースはすべてここから入手することができます。米国を代表するオピニオン・リーダーの最新のコラムにも直接アクセスすることができます。是非ここをクリックして米国メデイアのダイナミズムを楽しまれることをお薦めします。
(2)米国連邦政府議会の公式ウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。連邦政府(大統領府と各官庁)、連邦議会、連邦裁判所、全米50州の州政府、市町村郡地方自治体などのすべてにここからアクセスできるばかりでなく、米国連邦政府・州政府の発表する公式書類、プレス・レリースなどもすべてここから入手することができます。
(3)調べたいことはまず21世紀の情報サーチ・エンジン、 www.google.com 、www.bing.com 、 www.yahoo.com あるいは www.wikipedia.com で調べてみて下さい。旅行の計画・予約、旅行情報は www.expedia.com と www.hotels.com の利用をお勧めします。
(4)2004年に登場したwww.youtube.comはプロとアマチュアのミュージシャンの入り混じったミュージック・ビデオの宝庫となっています。現代のポピュラー・ミュージック・ビデオのサンプルを楽しみたい方はここ 、クラシック・ミュージック・ビデオのサンプルを楽しみたい方はここ をクリックして下さい。
(5) PAUL MUROYAMA & ASSOCIATES, INC.の業務活動にご関心のある方はここをクリックして下さい。
(6)米国連邦政治・政策、法案、ロビイング、アメリカ・ビジネスなどに関して個別のご質問・ご相談のある方はここに e-mail をお送り下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
2.WASHINGTON POLITICAL REPORT の御案内
今、アメリカの政治に何が起こっているのか、その背景は何か、オバマ政権は金融経済危機に如何に対応するか、米国凋落の世界的インパクトは何かーーーーポール・ムロヤマの執筆する週刊政治報告 WASHINGTON POLITICAL REPORT は世界史的視野から米国の政治を論じ、世界の将来を展望します。アメリカの報道機関に先行する鋭い分析を日本の読者に提供するこの政治報告は日本の政界、ビジネス界の知識人の米国と世界を理解する指針の役割を果たしています。
毎週アップデイトした週刊政治リポート WASHINGTON POLITICAL REPORT の最新号をお読みになりたい方はここをクリックして下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
3.今日の視点
オバマ大統領の財政テロリズム
アメリカ合衆国は遅かれ早かれいつかは黒人大統領を誕生させる必要があったので、2008年の選挙でバラク・オバマが当選したのはアメリカにとって良いことであった。オバマの当選によって、これまで差別に文句を言うばかりだったマイノリテイの人々は、もはや差別を根拠に彼らの逆境を語ることが難しくなり、白人の方は過去の罪をこれまでのように謝り続ける必要がなくなった。対外的には、アメリカはもはやかつてのような白人優先社会ではないということを示す良い機会となり、諸外国もそういう新しいアメリカを概して歓迎したように見えた。
しかしそれはただちに、オバマが大統領として成功することを保証するものではなかった。多くの人々は「成功して欲しい」と善意で願っていたというのがせいぜいである。オバマはマイノリテイに属しながら、自分では必ずしもそうではなく、「マイノリテイと非マイノリテイのギャップをブリッジできるのが自分だ」と言い続けていたので、大統領になってからも同じ精神をもってアメリカ人全体のための政治をするだろうというのが多くの人々の期待であったかと思う。また、例え彼が大統領として成功しなかったとしても、それでアメリカが失うものは大して無いだろうという感覚もあった。
しかし1年経ってみて、オバマがこのようにアメリカ全体をメチャメチャにし、アメリカが長年培ってきた社会構造(social fabric)を破壊するような形で失敗に向かうとはよもや想像し難いことあった。キューバのグアンタナモ基地刑務所の閉鎖に始まって、前代未聞の巨額の経済刺激予算を放出することによって既に悪かった連邦財政を手のつけられないほどメチャメチャにし、折角安定してきたイラクからその帰結を考えずに米駐留軍引き揚げの強行を決定し、他方では明快な勝利のビジョンのないままアフガニスタンへの増派を決め、9/11テロの主犯カリド・シェイク・モハマッドなどアルカイダ・テロリストを関係者や地元の反対を押し切ってニューヨークの連邦地裁で裁くことを決め、昨年の後半のすべての政治資本を注いだ医療制度改革はアメリカの現在の医療保険制度全体をひっくり返すような内容となり、この間ブッシュ前大統領を飽きることなく非難し続け、今はまた、米軍内の同性愛を公然と認める政策変更を求め、過去9年間公立小中学校の学力向上策として続けてきた学力テスト・プログラム”No-Child-Left-Behind”を事実上廃しようとしている。そして、そこで提出してきた大統領予算原案は、1週間前の年頭議会演説のレトリックとは似ても似つかない、米国の連邦財政を本当に破綻させるような内容であった。米国の格付け会社ムーデイーズが、米国財務省債をこれまでのトリプルAからダブルAに格下げすることを検討し始めたのは当然である。
今度の大統領予算案、特に今後10年間の財政見通しを見ると、この大統領に今後さらに7年間アメリカを任せたら、アメリカは本当に取り返しのつかないようなメチャメチャな状態になるという危険を感じる。とにかく、連邦財政を建て直そうというような気持ちは全くないことがこの予算案にまともに語られている。今後10年間の財政赤字の見通しは、昨年提出した見通しよりも更に22%も悪化している。それなのに議会演説では「財政赤字をこのまま放置しておくことはできない」などと真っ赤な嘘をついたのは何故か。この大統領は、自分の形勢が悪くなった時は、実際にやっていることこととは全く反対のことを正々堂々と言い、それにより政敵を混乱させ権力を維持しようとする、というパターンがはっきりしてきた。
予算案発表の時に「巨額財政赤字は前政権が引き起こしたものだ」とまたブッシュ前大統領に酷い非難を浴びせたが(オバマはブッシュが1兆3000億ドルの赤字を残したと言うが、ブッシュの最後の年の連邦赤字額は金融市場救済資金を除けば5000億ドル前後だったのでこれも嘘をついている)、これから10年間財政再建努力をするかどうかはブッシュとは全く関係がなく、オバマ大統領だけに関することである。その努力をするつもりのないオバマは大統領として失格である。アメリカはもはやこういう大統領に将来を託するべきではない。アメリカは根本的に考え直さなければならない。
この予算計画を見て初めて、2012年の大統領選でオバマ以外の民主党候補や共和党候補にオバマを破る隙間が見えてきたことを感じる。連邦財政をメチャメチャにし、しかも今後再建の青写真もなければその努力をするつもりもないオバマ大統領の無責任・無能力に焦点を当てることができる候補なら、オバマを破ることは不可能ではない。そういう候補が登場することをアメリカは期待すべきである。アメリカはこの状態をこれから3年以上続けたら本当に取り返しのつかない衰退の道を歩まざるを得なくなる。(2010年2月5日)
オバマ大統領の中間アセスメント
金融危機に震え上がり深刻な経済不況で気力をそがれたアメリカが、気概ある黒人政治家バラク・オバマに期待をかけて大統領に当選させたのは正しい選択であった。ヒラリー・クリントンでは駄目、ジョン・マッケインでも勿論駄目で、選択肢は当然の如くオバマだけになった。しかし当時のアメリカと現在のアメリカは相当に変わってきており、当時良かったことが現在は良くないということが起こってきている。例えば、当時は連邦政府がウオールストリートを助けるということが良いことで必要なことと考えられたのが、現在ではそうではなくなっている。オバマ大統領の命運も、そういう時代の変化に従って変化しつつあるように見える。
2月17日に総額7870億ドルの経済回復再投資法を成立させ、3月23日に銀行の不動産担保有害証券処理策(PPIP)を発表したところまでは、米国は金融危機と経済不況の真っ只中にあり、オバマ大統領は大統領選の勝利の勢いをそのままワシントンの政治に反映させることができた。国民の期待がオバマ大統領の肩にかかり、オバマ大統領はその期待に応えたと思う。少なくとも米国民のモラール向上にはオバマは大きな貢献をした。対外的にも、4月初めのロンドンにおけるGー20サミットはオバマ大統領の外交初舞台として特に新興国首脳からの大きな歓迎を受け、外交のひとつのピークとなった。
しかしこの間に、その後のオバマ大統領の障害となって行く問題の種が幾つか蒔かれており、それが6ヵ月経った現在次第に顕在化している。ひとつは、経済回復刺激法を成立させた直後に発表した大統領予算案。これが、人々を唖然とさせるような大胆な内容であった。経済回復刺激法を成立させた勢いを駆って、医療保険制度、エネルギー自給・環境保護などの分野で連邦政府の役割を飛躍的に増す大胆な改革を推進する計画を示し、そのためには連邦財政が恒久的に巨額の赤字を背負い続けることを厭わないことを宣言した。金融経済の混乱の時期であるからこそ大胆な改革も可能になると主張し、また連邦財政を均衡化させる努力をする意図を全く持っていないことをそのまま予算案に示したのはショックでさえあった。しかし全く収支が合わなくなった財政をそのまま放置しようという姿勢は早くもバックファイアし始めている。
2つ目の問題の種は外交分野で蒔かれた。オバマ大統領はブッシュ政権の間違った政策を謝り米国の外交姿勢を転換することを最初から宣言した。しかしこれは実際には外国の独裁者を勇気づけ、外国の民主主義運動に冷や水を浴びせ、イスラム世界の後進性に目をつむることになり、ロシアに対しては冷戦時代の米ソの悪い関係に米国も同等の責任があるかの如き説明までした。こうした外交姿勢が独裁者を和らげるという意図とは反対の効果しか挙げないのに気づいて、オバマ政権は今北朝鮮やイランに対しては再び強硬姿勢に転換した。しかし、それはオバマ政権の外交姿勢に矛盾を生じるようになっている。
これ以外にテロリズム政策などでも問題が芽生えている。テロリズムは軍事問題ではなく司法問題であるとするクリントン時代の政策に戻し、グアンタナモ刑務所を1年以内に閉鎖することを宣言し、テロリストの尋問には拷問は一切用いないと宣言した訳であるが、グアンタナモ刑務所に収容したテロリストを今後どうするか、ブッシュ時代に「強制尋問」を行なったCIA職員などの法的責任を問うべきかどうかなど、これは今後長く尾を引く。そもそもテロリズムを司法問題として処理しようとすることが、海外のテロリストをむしろ勇気づけることになることが心配されている。
金融が安定感を取り戻し、経済回復の兆しがはっきりしてきたことはオバマ大統領にとってプラスではあるが、危機感がなくなった分、政治的には6ヵ月前にインパクトのあった言い方が今はインパクトを失うという問題も出てきた。「医療保険制度改革を今推進しなければ将来の米国医療は破綻し、医療保険を持たない人が急増する」という言い方は6ヵ月前には効果があったが、今はインパクトを失っている。「将来安定した経済を実現するためには新エネルギー自給・環境保護政策を充実させ500万人分のグリーン・ジョブを生み出さなければならない」という言い方も6ヵ月前にはアピールしたが、今はそのアピールを失った。他方で、「経済回復再投資法はすぐ多数の雇用を生み出すと約束したのに、失業者は依然として増える一方であり約束と違うではないか」という批判に対してはオバマ政権はうまい回答を持っていない。そもそも7870億ドルの刺激予算のうち雇用効果のある予算はその4分の1の2000億ドル程度しか当てがわず、それも半分は来年度に入ってから放出されるような予算であった。他の予算はもともと、州政府の赤字穴埋めや予算援助、オバマ大統領が希望した教育など将来への投資として使われる予算として組まれた。
医療保険制度改革法案がここに来て議会で停滞し、夏以後の見通しも立たなくなったことはオバマ大統領にとっての明らかな打撃である。ワシントンポスト/ABCニュースの最新世論調査で、医療保険制度改革努力を支持する人が49%と50%を切り、それに引っ張られるようにオバマ大統領自身の支持率も55%まで落ちてきた。医療保険制度改革だけでなく、もうひとつの目玉法案の新エネルギー自給・環境保護法案もこの秋に成立するという保証は全くない。これも時間が経てば経つほど細かい条項の検索が進み、法案の可決は難しくなる。
選挙キャンペーンで天才的な力量を見せたオバマも、大統領としてのガヴァナンスでどこまで成功するかは未だにわからず、これから更にそれが本格的に問われてゆく。「この法案を今通さなければ経済は破綻する」といったような脅しの言い方だけでは、もはやワシントンの政界や関係者は動かなくなってきている。(2009年7月24日)
対イラク・イラン政策:失われた地政学的戦略的アプローチ
1990年夏イラクのサダム・フセイン大統領がクウェイトを軍事占領するまで米国がフセイン体制を影で支持していた理由は、イラクが米国の敵イランに対抗する重しの役割を果たしていたからである。イランとイラクが対決状態にある限りイランもイラクも群を抜く勢力とはなり得ず、イランとイラクとは微妙な均衡状態にあった。
フセイン大統領がクウェイトを占領したことにより、その力の均衡が破れる恐れが出た。従ってクウェイトからイラク軍を追い出してサダム・フセインを元の状態に押し込めた湾岸戦争は戦略的に悪い選択ではなく、またバグダッドまで攻め上ってサダム・フセインを捕らえず、サダム・フセイン体制を残したことも戦略的には悪くはなかった。フセイン体制は軍事的に著しく弱体化したが、なおかつイランに対抗する重しの役割を果たし続けることが期待できたからである。事実、湾岸戦争後2003年のイラク軍事侵攻までの12年間は、イランのイスラム神権政治とイラクのフセイン独裁体制とが微妙な均衡状態を続けていたのである。
2003年3月米英軍がイラクに軍事侵攻してサダム・フセイン体制を倒したことは、結果的にそれまでのイランとイラクとの微妙な力の均衡を根本的に崩すことになった。イラクを占領した米英軍が事実上イランに対抗する勢力とならざるをえなくなった。サダム・フセインに代わるイラク人の政府・軍隊が直ちに登場しなかったからである。その後イランに反米を大胆に掲げるアフマニデジャド大統領が登場したこともあって、米英はイラクから撤退してイラクを空白状態にすることが不可能となった。
更に都合が悪かったのは、戦後のイラクで実質的に政府の権力を握ったのはイランと同じシーア派で、イランがイラクの内政や内戦に大きな影響力を行使することが可能となったことである。米国がイラクから手を引けば、イランはイラクを衛星国のような存在にしかねない。それ故に、イラクの地で米英軍はイランに対抗する勢力とならざるを得なくなった。米国は、イラクに作った民主主義政権がいずれはイランに対抗する勢力になるだろうと夢見たが、その夢は見事に破れた。今や、かつてのイラン、イラクの力の拮抗というような地政学的戦略的な思考は不可能となった。
イラクにイランに対抗できる軍事力を残すためには、米英軍がみずからそれを引き受けざるを得ない。イランの軍事的脅威がある限り、またその軍事的脅威があるが故に、米英軍は当分の間イラクから引き揚げることは不可能になっている訳である。
イランの影響力の拡大はレバノンのヘズボラとパレスチナのハマスの強大化と言う形でも現れている。ヘズボラはイランとシリアの支援を受けてレバノンのシニョーラ政権を脅かす勢力に成長した。昨夏イスラエルがヘズボラの軍事力を壊滅させることができなかったことは逆にヘズボラの力を増すこととなった。
加えてパレスチナのガザ地区では、やはりシリアとイランの支援を受けたハマスが武力によってファターの勢力を駆逐しガザ地区全体を支配下に収めるという出来事がこのひと月の間に起こった。パレスチナは今やファターをバックにしたウェストバンクのマームド・アバス大統領率いる政権と、ガザのハマスの勢力とに分裂した状態になった。パレスチナの人口400万人のうちの150万人がガザ地区に居住しており、ガザ地区住民の生活が恐慌状態になる危険がある。米欧・イスラエルと穏健なアラブ諸国はアバス政権を支援することで一致したが、ガザをどうするかでは全く展望が開けていない。
イランの地域的影響の拡大に加えて、イランが核兵器を保有することになれば、中東全体の力関係は更に揺すぶられる。イランは核兵器を保有してもそれをテロリスト集団に流すというような馬鹿げたことはしまいが、イスラエルとパキスタンとの間に新たな核兵器保有国が誕生することの意味は大きい。イスラエルが直接危険にさらされるばかりでなく、東欧やロシアさえイランの核兵器の射程距離に入るようになる。
それゆえに米国と欧州はイランの核兵器開発・保有を阻止するために全力を挙げているが、外交交渉と経済制裁だけでイランが核兵器開発を断念する見込みは全くない。外交交渉と経済制裁が核兵器開発を阻止できなければ軍事的にそれを阻止するしかないが、米英はイラク軍事行動で失敗したために簡単にイランに軍事行動を起こせる状況にない。先制軍事攻撃を敢行した場合は国際世論から徹底的な非難を浴びる。米英に代わってイスラエルが軍事的にイランの核兵器開発を阻止しようとした場合も国際世論の反発は大きかろう。しかし現在たどっている道の行き先は予想できる。遅かれ早かれいずれは米欧・イスラエルは、軍事的にイランの核兵器保有を阻止するか、それともイランの不可避的核兵器保有を容認するかの選択をしなければならない時が来る。(2007年6月25日)
イラク再建は如何にして困難に陥ったか
イラクの再建は永久に不可能になった訳ではなく、例えば米国がこれからまだ10年はかけるつもりで頑張るなら容認できる安定国になる可能性はあるはずである。問題はイラク国内の自滅的混乱以上に、まず米国内の有権者が政治的にこれ以上のイラクへの投資の継続を許さなくなったことにある。それはイラク戦略の失敗と同時に、米国民をそういう長期的なコミットメントのために準備させることを怠ったブッシュ政権の国内PR政策の失敗にもよる。
元々イラクは第1次大戦後の中東地域の植民地化のためにイギリスが人工的に造った国でありそれを自由な民主主義国に育てようというのはあまりに非現実的な空想に過ぎないとか、イラク軍事侵攻と占領は大義名分のない全く必要のなかった軍事行動でありこれはブッシュ大統領自身の冒険的軍事行動であったとか、根本的な問題に焦点を当てた批判は多々ある。しかしながら、例えばサダム・フセイン体制を倒してイラク国民を独裁下の圧政から解放しイラク国民に自由な民主主義的な国家を造るチャンスを与えたこと自体は正しい良いことだったと想定した場合には、その再建がうまくゆかず現在のような困難に陥った原因を探ることには意味がある。それは今後のイラク政策を考えるためにも、また将来の米国の軍事外交政策を考えるためにも良い教訓となるからである。下記は筆者から見てイラク再建が困難に陥った4つの大きな原因を記したメモである。
(1)フセイン打倒後のイラク占領政策の完全な欠如
サダム・フセイン政権を打倒した後、イラクを占領するつもりだったのか、それとも早期に米軍を引き揚げる予定だったのかのブッシュ政権の意図は未だに明らかにされていない。軍事侵攻を指揮したフランクス中央軍司令官は占領後3ヶ月の夏までには米軍の数を3万人ぐらいに減らす予定だったと語っているので、ブッシュ政権はもともとは長期占領などということは考えていなかった可能性が高い。当時のウオルフォビッツ国防副長官が公言していた如く米軍は解放軍として花束と歓呼をもってイラク人に迎えられイラク人は自ら直ちに新しい民主主義政権を樹立するだろうと本当にブッシュ政権全体が楽観していた可能性がある。そうだとすればそれは何ともナイーブな御粗末なことだったということになる。
しかしもし侵攻前にそれなりに占領のことを考えていたならば、当時のシンセキ陸軍参謀長が議会で答えたように最初から40万人から50万人の大軍を送っていなければならないところだった。それができなかったのはウオルフォビッツやラムスフェルト長官がシンセキ参謀長の意見を「馬鹿げている」と一蹴したことにあるが、同時にイラク軍事侵攻は国際的な支援を受けた堂々たる軍事行動ではなく、国際世論の反対を迂回してこそこそと隠れてやったような軍事行動であったことがある。堂々と行動できなかった戦争であるが故にとても40万人などという大軍は送れず、また侵攻前に占領後の政策を充分に練り立案することも堂々とできなかった。
軍事侵攻が間違いなくなった2003年初めにジェイ・ガーナー元陸軍中将が占領後の政策責任者に指名されて細々と準備を開始したが、充分なスタッフも予算もなく、ホワイトハウスと国防総省がこれをどれほど真面目に考えていたかは大きな疑問である。またガーナーの準備も、イラク人が自主的に政権を作り再建することを想定して、米国の役割はそれを側から支える顧問役程度のことしか考えていなかった節がある。
(2)非バース党化(de-baathification)とリパブリカン・ガード解散の誤り
もたもたしているジェイ・ガーナーに代わってイラクに送られたポール・ブレマー行政長官が最初の1週間に断行したのはイラク政府や公的機関の徹底した非バース党化とサダム・フセインの軍隊であるリパブリカン・ガード全体の解散であった。サダム・フセイン色を一掃するためとは言いながら、この政策により政府・公的機関の責任ある地位にあった行政官として有能な約5万人のバース党員と兵火器の操り方や戦争のやり方を知っている30万人の陸軍将官・兵士のすべてから職を奪い彼らを路頭に迷わせることになった。これら35万人の有能なイラク人の殆どすべてはスンニー派に属する人々である。これらの人々が間もなく米駐留軍やシーア派中心のイラク暫定政権の行く手を阻むゲリラやテロリスト集団のプールとなったことは想像に難くない。米駐留軍もホワイトハウスもゲリラやテロリストの数はせいぜい数千から1万人程度に留りそれが一握りの特殊な集団に過ぎないと説明し続けていたが、それはとんでもない誤った解釈と言わざるを得ない。最初からその程度の数しかいなかったのなら現在までには彼らの掃討が終わっていなければならないはずである。毎日何百と起こる爆破テロが今日まで続いてむしろ拡大し続けてきたのは、路頭に迷わせた35万人のスンニー派の旧バース党員、旧リパブリカン・ガードの将官・兵士達が潜在的なゲリラ・テロリストとして存在するからに他ならない。
ジェイ・ガーナーはバース党員の追放は政府公的機関のトップ1人だけに限りそれ以下の有能な役職員はそのまま残して政府機能を維持させることを考えていた。またリパブリカン・ガードもサダム・フセイン子飼いの司令官だけを解雇して陸軍そのものはそのまま温存させて新政権の下での新たな軍隊の核として機能させることを考え、そのために暫くは米軍が将官兵士に対して給与の支払いを代行して路頭に迷わさせないことまで考えた。ポール・ブレマーはそれをすべて無視して徹底した非サダム・フセイン化を断行した。その政策を決めたのがブレマー自身だったのか、ブッシュ大統領だったのか、ラムスフェルト国防長官だったのか、それともその下のファイス国防次官あたりだったのかは未だにはっきりしていない。
非サダム・フセイン化政策は多数派のシーア派が暫定政権の主力となる機会を創り出したが、スンニー派のゲリラ行動を日常化させることにもなった最大の原因である。米軍は1ー2年前にはこの過ちに気づいて旧バース党員や旧リパブリカン・ガードの再雇用を進めるようにイラク暫定政権に進言しているが暴力ゲリラは全くおさまっていない。また今年になってからはシーア派のモクタダ・アル・サドル率いる私設軍隊の武力反撃との間での新たな宗派間の武力闘争が激化した。
(3)アメリカ一般国民に対する(長期戦争を覚悟させる)準備の欠如
ブッシュ政権自体がイラク占領・再建が長期化することを予想できず最初から読みを誤ったが故に、アメリカ国民に対してイラク再建が何年もの長い歳月と何千億ドルもの巨額国家予算と何千もの人命の犠牲を要する大事業であるという教育を早い段階からおこない長期化の覚悟の準備をさせることもできなかった。あるいはそういう努力を完全に怠った。むしろ国民に対しては節目ごとにイラク再建の完了は間近いという印象を与えようとし続けた。その結果、長期化の覚悟をしていなかった米国民はイラク再建が長引けば長引くほど忍耐を切らし、ブッシュ政権には裏切られたとの気持ちを抱くに至った。
最初から長期にわたる大事業であることを知らせておけば米国民は未だついて来たかも知れないが、ブッシュ政権自体がかくの如き長期化を予想していなかったのでは米国民にその準備をさせることができるはずもなかった。だからこそ、これからも更に米国が長期のコミットメントをするのであるなら、今度こそは米国民に対してその覚悟をすべきことをはっきりと訴える必要がある。
(4)イラク政府とイラク国民の予想を越えた驚くべき無能さ・無力さ
これもまたブッシュ政権も米国一般国民も予想していなかったことであった。米国が如何に多くの犠牲を払い如何なる努力をしようとも、イラク政府もイラクという国も存在しないに等しいような状態では再建も何もあったものではない。イラクを自立させるために米国が作り上げた政治日程のすべては予定通り遂行させることに成功した。立派な憲法ができ国民議会選挙が成功し新政府も誕生した。そのできあがった新政府がかくも無能でイラク自立再建のために全く役立たないとはブッシュ政権もとても予想できなかった感がある。イラク政府は安全なグリーンゾーンの中に名目上存在するだけでイラクは実際には無政府状態にある。しかしそれでも国がつぶれていないのは15万の米駐留軍が頑張っているからである。
しかしもともと存在しないに等しいものを幾ら支えようとしてもその努力は空しく終わる。それがこの半年以上の状況と考えてよい。そういうイラクの政府は米国がこれ以上の犠牲を払うには全く値しない。
今後米国はマーリキ政権にこれまでとは違うレベルの政治的圧力をかける可能性が高いが、これとてどれほどの意味があるかが疑わしい。最終的には、マーリキ政権とイラクを見限って結局イラクから手を引くか、あるいはこれまで以上に米軍が中心になって長期に亘ってイラクの安定化を図るかのいずれかの選択肢しかないようにも思われる。マーリキ首相を見限って他の指導者のてこ入れをするという策もあるが、これはマーリキ首相が国民議会選挙の産物として出てきた人物であるために難しい。(2006年12月15日)
>>>>>このコラムに関するご意見・ご質問をここにお寄せ下さい。
>>>>>過去のコラムをお読みになりたい方はここをクリックして下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
4.米国選挙政治関連資料
【資料14:オバマ政権の閣僚とホワイトハウス主要補佐官】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料13:2008年大統領選、連邦議会選、州知事選の最終結果】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料12:2008年大統領選予備選・党員集会の最終結果】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料11:2008年上院改選議席一覧】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料10:2008年大統領選予備選・党員集会の日程】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料9:第110連邦議会上下両院両党指導者リスト】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料8:第109/第110議会の指導者・委員会委員長の顔ぶれの変化】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料7:2006年中間選挙勝敗結果ー上院選、下院選、州知事選】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料6:2004年大統領選開票結果ー2000年選挙との比較において】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料5:2000年、2004年大統領選の州別勝敗結果比較】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料4:2004年民主党政策綱領と共和党政策綱領の比較】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料3:ブッシュの2000年選挙公約と第一期実績】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料2:2000年大統領選の州別分析結果】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
【資料1:2004年大統領選民主党予備選・党員集会の全日程】を一覧したい方はここをクリックして下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
【東京特別講演記録】下記のスピーチの原稿をお読みになりたい方はここをクリックして下さい。
【2009年12月】
特別講演:「オバマ政権1年:オバマ革命の実態と内外へのインパクト」
(by Paul
Muroyama. 12/07/09 - 12/11/09 東京)
【2008年12月】
第1講演:「2008年米国金融経済危機の背景と2009年米国経済見通し」
(by Paul
Muroyama. 12/08/08 - 12/11/08 於東京)
第2講演:「米国安全保障問題と新政権」
(by Paul
Muroyama. 12/12/08 於横須賀)
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
5.アメリカ合衆国電子政府へのアクセス
米国政府は1995年から毎年年間10億ドルに近い連邦政府予算を投入して、米国連邦政府の有するすべての情報を電子化するように務めた。それ以来12年余り、今や米国連邦政府のウェブサイトに載っていないのは、CIAや国防総省の諜報活動など国家機密に属する機密情報 (classified information) だけ。その他の情報 (declassified information) はすべてほとんどリアルタイムでインターネットを通じて入手することが可能になった。
特にクリントン政権がその最後の年にあたる2000年9月末に、それまで2万近く存在した連邦政府の各省庁、部局、議会、裁判所などの細かいウェブサイトをすべてひとつに統合して、クリックひとつでそれらのサイトを訪れることができるようにしたウェブ・アクセス・システム、www.usa.gov(2006年末まではwww.firstgov.gov)を構築してからは、アメリカ合衆国の文字どおりの「電子政府(digital government)」が誕生した。
ブッシュ政権になってからも電子政府はそのまま引き継がれ、時代やニーズに合わせて更に改良や工夫が加えられ、実際のワシントン政府を代行する機能を果たしてきた。2001年8月末に一新された大統領府 (ホワイトハウス)のウェブサイトは米国主要テレビ局や報道機関顔負けの、大統領と米国政治に関する優れたニュース・ソースとなった。ビデオやオーデイオの機能をフルに生かし、ブッシュ大統領の主要な演説や声明は即刻ビデオで視聴することができた。
2009年1月のオバマ政権の誕生は米国行政府のブロードバンド活用に新たな時代を画するものとなる。大統領選でブロードバンドをフルに活用することに成功したオバマ大統領は、ブロードバンドの飛躍的な発展を米国経済社会の大きな目標に掲げている。2009年1月20日を境にホワイトハウスのウェブサイト www.whitehouse.gov は一新され、YouTube に範をとったビデオ映像を中心にした米国一般大衆とのコミュニケーションをはかる意欲的な内容に変わった。ブッシュ政権の「記録」を大切にするアプローチから、米国大衆との直接のコミュニケーションをはかるアプローチへの転換は、今後各省庁機関のウェブサイトにも広がってゆくものと考えられる。
電子政府の確立で、米国政府の政策にかかわるニュース・資料のオリジナルを入手できるばかりでなく、アメリカ市民にとっては、税申告の書類一式から市民権申請の書類一式に至るまで、政府関係書類を自分で直接入手できる便利な時代となり、その多くは申請そのものもインターネットを通じて済ますことができる。この機能は今後も充実を重ねることは確実である。
この便利でエキサイテイングな米国電子政府の主要サイトにアクセスするためには次の選択肢をクリックして下さい。
(1)米国の連邦行政府、連邦議会、連邦裁判所、州政府、地方自治体へアクセスの交通整理サイトに行きたい方はここをクリックして下さい。
(2)連邦行政府官庁、独立機関のウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
(3)大統領府のウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
(4)連邦議会上下両院、付属機関の総合ウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
(5)連邦裁判所の総合ウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
(6)アメリカ合衆国50州の各州政府ウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
(7)市町村郡等地方自治体のウェブサイトにアクセスしたい方はここをクリックして下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
6.米国議会法案条文の探し方
http://thomas.loc.gov/home/c110query.htmlにアクセスして下さい。これは米国議会図書館のホームページです
("Thomas" とは議会図書館本館の Thomas Jefferson Building から取ったもの。"loc"
とは Library of Congress の略)。法案番号がわかっていればそれを挿入、知らなければテーマを挿入してクリックすれば、関連法案のリストがでてきます。リストの一番下のものをクリックすれば最新の法案の条項が現れます。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
7.特別掲載:『9/11テロとアメリカの選択』
ポール・ムロヤマが2005年7月執筆した単行本「9/11テロとアメリカの選択」にこのウェブサイトからアクセスできます。2001年9月11日テロを契機としたアメリカの決断、イラク軍事侵攻に至るまでの政治的背景、ネオコンの影響力、2004年大統領選の意味、ブッシュ再選後の外交の理想と限界などを回顧分析し、アメリカが何故今日の姿にあるかを論じたアメリカの現代史です。お読みになりたい方はここをクリックして下さい。
>>>>>読後の感想、ご意見をここにお寄せ下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
8.中公叢書『ワシントン政治を見る眼』
ワシントン政治はわかったようでいてなかなかわからない面があります。それは米国と日本の政治システムの基本的な違い、言論の自由や民主主義の理解の仕方や浸透度の違いなどから来ています。
中公叢書「ワシントン政治を見る眼」は、ワシントンで政治分析やロビイングなどに20年以上たずさわってきた筆者が豊富な経験と知識を基に、ワシントン政治を正しく理解するための視点を日本の識者に提供するために書き下ろした単行本です。
この本はとかく見落としがちな米国政治の基本的な部分を憲法にまで遡って分析し、米国の政治が何故柔軟かつ強靭であるのかの理由を見出そうとしています。また、ワシントンの政治を取り巻くロビイング産業などの実態や、米国大統領選挙の実際の姿などを経験を通じて新鮮に描き出しています。
最後にはそうした米国の強大な政治システムから日本の細身で脆弱な政治システムを顧み、日本再生のためには米国的な大統領制度の導入が必要ではないかとの提言も掲げています。
ワシントン政治の真の姿を理解するためにこの本は必ず役立つはずです。日本全国の書店で求めるか、amazon.co.jp などの通信販売で購入して一読することをお勧めします。amazon.co.jpの中の「ワシントン政治を見る眼」のサイトにはここをクリックすればアクセスできます。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
*
「ワシントン政治を見る眼」の目次をご覧になりたい方はここをクリックして下さい。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
9.ワシントン首都造営の由来
ワシントンに首都を造ることを決めたのは1791年当時国務長官だったトーマス・ジェファーソン。財務長官だったアレクサンダー・ハミルトンは都会のニューヨークを首都にしたかったのですが、ヴァージニア州農園出身で農業国家を目指すジェファーソンは農業地帯の真ん中にあるポトマック河畔に新しい人工の首都を造ることを主張して譲りませんでした。
ハミルトンとジェファーソンはハミルトンのニューヨークの自宅でワインを酌み交わしながら交渉しましたが、最後の決め手となったのは金。ニューヨーク州は1776年から83年にかけての独立戦争にかかった経費の負債を当時の金で8千万ドルも抱えていて、とてもそれを返済できない。ハミルトンはジェファーソンに、連邦政府がこの負債を肩代わりしてくれと頼みました。そこでジェファーソンが持ち出したのが、連邦政府の首都造営の話。首都をポトマック河畔に造ることに同意するなら、連邦政府が8千万ドルの負債を肩代わりしてやるとの取り引きに、ハミルトンもやむなく折れて、首都ワシントンの造営が決まりました。
もっとも連邦政府も8千万ドルなどという大金は持っていない。そこで、国債を発行してこれをまかなおうということになりました。財務長官のハミルトンは、それなら国債の発行は資金を集め易いニューヨークでやろうと主張し、これが容れられました。これをきっかけにニューヨークに巨額の国債市場が生まれました。これが現在、世界金融市場の中心となっているウオールストリートの誕生のきっかけです。
アメリカの政治の中心ワシントンが、経済の中心ニューヨークから南に500キロも離れたところに造営されたのに注目して、日本でも、政治・経済の中心東京から政治機能だけをどこか地方に移転させたらどうか、という首都移転論がこの20年間盛んに議論されました。しかし、アメリカの政治首都が経済の中心ニューヨークから離れたのは上に述べたように、ジェファーソンとハミルトンという2人の政治家の政治的な取り引きで決まった偶然の出来事。日本の一部の識者が論じているように立派な理由で首都造営が決まった訳ではありません。
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
10.Paul Muroyama & Associates, Inc. のプロファイル
Paul Muroyama & Associates, Inc. はポール・ムロヤマがアメリカ合衆国バージニア州で1988年4月18日に設立したプライベイト・コンサルテイング会社です。1980年代後半から、日本企業が世界的な躍進を続ける中で、当社は、ワシントン連邦政府議会へのロビイング、日本企業の対米政府戦略立案、米国政府の政治政策分析で指導的な役割を果たして参りました。中国の力がますます大きくなる今後の世界で、日本企業、日本経済の刷新と蘇生は焦眉の急となっております。当社の今後10年間の目標は「日本蘇生」にあり、そのために、日本企業、日本政府への万丈の努力と協力を惜しみません。当社のサービスの目標は、
「政治の世界からビジネスのお役に立つこと(Helping Business from the Political Arena)」
にあります。
バージニア州認可登録企業 Paul Muroyama & Associates, Inc.
郵便住所: P.O.Box 34411, West Bethesda, MD 20827-0411
あるいは
P.O.Box 25261, N.W., Washington,
D.C. 20027
代表電話: 301-365-3568 FAX番号: 301-365-8267
e-mail アドレス: paulmuroyama@worldnet.att.net
ウェブサイト: www.wir.us, www.opinionamerica.com, www.washpm.com
************************************************************************************************
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
* このページの最初に戻りたい方はここをクリックして下さい。
** www.wir.usに行きたい方はここをクリックして下さい。
*** 米国の政治・政策、ロビイングに関してご質問のある方、このページに関してご意見のある方はここにご連絡下さい。