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あぐらの話し



    今から20年以上も前のことです。まだ大学生だった頃、同じ下宿の 向かいの部屋に、王さんという中国人の女性が引越してきました。 僕にとっては、外人と親しくなったのは彼女が初めてでした。彼女は香 港からの 留学生で、3種類の中国語と英仏独日の合計7カ国の言葉を 話せる才媛でした。とても勉強熱心な方で、ある時、彼女が日本語で書 いたお礼状を見 せられて、「ありがとうございます」と「ありがとう ございました」はど う違うか、と聞かれて悩んだのを覚えています。 (普段何気なく使っている日本語について、想像もしていなかった質問 をされてしまい、すぐに答えは出てきませんでした。取りあえず、過去形 と現在形の違いだろうと言っ たのですが、彼女は違うと言い張っていま した。)
    ある日、王さんが、「留学生仲間が集まるので電気炊飯器を貸して欲しい」 と言ってきました。後で聞くと、なんと彼女達は炊飯器でお鍋料理を作っ てみんなでつついていたのです。炊飯器をご飯を炊く以外の用途に使うこと など想像もできなかった僕は、びっくりしてしまいました。あんまり僕がび っくりしていたからでしょうか、彼女は、「友達には、炊飯器で焼きそばを 炒めて、内がまにこげめを作ってしまった人がいるけれど、私はそんなこと はしていないから大丈夫」と弁解を始めたのです。僕は二度びっくりしてし まうと同時に、異文化との接触というのは楽しいと実感したのものです。

    もう一つ、びっくりしたのは、あぐらです。彼女とは年も離れていて、そん なに親しくはなりませんでしたが、僕と同じ下宿に女性が住んでいると言う ことを田舎の父親に連絡すると、父からは「おまえを信用しないという訳で はないが、できるだけ下宿を替わるように。」と返事がありました。それっ て、信用してないっていうことじゃないかと思いながら、引越はしませんで した。そんな父には内緒ですが、2、3度彼女を自分の部屋に入れたことが ありました。僕が、生まれて初めて女性があぐらをかくのを見たのはのその 時でした。少なくともその時までは、僕は女性があぐらをかくのを見たこと はありませんでした。ゴーギャンのタヒチの女はあぐらをかいていたと思い ますが、それはどこかの未開の地の話で、目の前で女性があぐらをかくなん てショックでした。彼女に、そのことを話しても、当然彼女は納得しません。 どうして女性があぐらをかいてはいけないのかという話になりますし、国際的 に通じる理由付けなどあるはずもありません。文化の違いを実感した訳です。

    ところが、それから10数年を経て、子供ができて、アメリカ生活を始めた時に、 またしてもあぐらでショックを受けることになりました。アメリカでは、少な くともズボンをはいていれば、あぐらをかく女性は珍しくありません。子供だと、 スカートをはいていてもあぐらをかいたりします。アメリカの女の人には「し とやかさ」というものがないなあ、なんて思っていたのですが、決して他人事 では済みませんでした。なんと、幼稚園で先生が、女の子も床に座る時にはあ ぐらをかくようにと教えるのです。あなたは日本人だからと言って、子供にあ ぐらをかかないようにしつけることは、とてもできませんでした。かくして我 が家の娘もあぐらをかいて座るようになってしまいました。 アメリカにいる うちは、「ま、いっか。ここはアメリカだし。」で済んだのですが、身につい てしまったあぐらは日本に帰ってからも離れません。恐れていた通り、我が家 の居間であぐらをかいてテレビを見ている娘を見て、まゆをひそめることにな ってしまいました。「ここは日本だ。みっともないから、やめなさい。」とい ってしかるのですが、一旦身についてしまったものは、そう簡単には直らない ようです。せめてあぐらは我が家の中だけで、家の外ではそんなことはしてい ないことを、ひたすら祈っています。僕が海外に出る前は決してなかったこと だと思うのですが、最近は、街で道端にあぐらをかいて座ったりしている女の 子を時々見掛けます。アメリカ人の女性なら良くて、日本人の女性がやるとみ っともないなどというのは、ダブルスタンダードのようで好きではないのです が、いつからこうなったのだろう、決してみんながみんな帰国子女と言う訳で もないだろうに、と思わざるを得ない今日この頃です。

    杉本。


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